2 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 21:16:34 ID:
L5Hq
P「なんだいスットンキョーな声出してェ。青森だよ青森。知ってるでしょォ?」
忍「そりゃ知ってるけどさ津軽っ子だから!」
P「だよねエントリーシート見たもん。そういうわけで来週からウチの青森支社で仕事を」
忍「ちょっと待ってアタシつい先週家出同然に実家を飛び出して来たんだけど!?」
P「それウチの会社になんか関係ある?」
忍「無いなァ!!」
3 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 21:26:23 ID:
L5Hq
P「青森に実家あるんなら好都合じゃない。僕ァ実は青森赴任って初めてでね。いやァちょうど青森の子がエントリーしてて助かったなァ」
忍「アッまさかそれでアタシを採用したの!? ダンス試験でブッ倒れたのに合格とかおかしいとは思ってたけど!」
P「馬鹿な事を言うんじゃないよ忍クン(キリッ)」
忍「プロデューサー」
P「言ったろう。僕が君を合格させたのは信じてみたいからだ。君の夢を。倒れても立ち上がり夢を追う根性を」
忍「プロデューサー……」
P「あと試験中にブッ倒れて大恥かいてもへこたれない図太さね。いやァこれは大物だぞと思ったね僕ァ」
忍「ちくしょう『都会に来てこんなに人があったかいと思ったの初めて……』とか感激して損した!!」
4 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 21:26:40 ID:
L5Hq
P「まあまあ信じたのは本当だから。そういうわけで来週から青森ね」
忍「で、でもアタシ、あんな大見得切って青森を……東京でも通用するしとか言っちゃって……」
P「なんだい忍クン。君のアイドルへの思いはそんなモンなのかい?」
忍「うぐ」
P「絶対頑張るんだろう。ここが不合格でも次を目指すと言い切ったあの根性はどうした。それとも君のアイドルへの憧れは大見得切って飛び出した故郷に戻るのがイヤってぐらいで挫けるほど薄っぺらいものだったってェのかい!?」
忍「そ、そんなわけないじゃん! 本当にアイドルになるためならそのぐらい屁でもないよ!!」
P「よく言った! それじゃ二人で、まずは青森制覇大作戦だ!!」
忍「……大作戦?」
P「大作戦!! さあ忙しくなるぞ。青森でもよろしく頼むぞ忍クンわっはっは」
忍「どうしてこうなった……どうしてこうなった……」
5 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 21:28:57 ID:
L5Hq
~一週間後・工藤家居間~
工藤父「……」
工藤母「……」
工藤忍「……」
工藤父「……忍」
忍「う、うん」
工藤父「なんで居るの」
忍「え、ええと」
6 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 21:29:20 ID:
L5Hq
工藤母「大喧嘩してから、まだ二週間ぐらいよね」
忍「そのぐらいです」
工藤父「お前はあの時言ったな。アタシは絶対アイドルになるんだ! と」
忍「うん言った」
工藤母「東京でアイドルになるまで絶対戻ってこない! とも」
忍「言ったよねえ」
工藤父「なんで戻って来てるの」
工藤母「それもこんなに早く」
忍「いやホントなんでかなァ……」
7 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 21:33:04 ID:
L5Hq
工藤父「まさかお前あそこまで言ってもう諦めて」
忍「いや違う違う違う。ちゃんとアイドルにはなれる事になったんだって!」
工藤母「ホントに?」
忍「なんか自分でも首かしげたくなるけどホント。ほらこれオーディションの合格通知」
工藤母「あら本当」
忍「まあ正確にはプロダクションに所属できただけでまだアイドル活動はなんもしてないんだけど」
工藤父「やっぱり諦めて帰って来たのか!!」
P「(ニュッ)あ、そこんとこは僕から説明しましょう!!」
忍「ニュッと出たァ!?」
8 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 21:56:54 ID:
L5Hq
工藤父「この頭モジャモジャの男は誰だ!」
忍「あ、その人がアタシを拾ってくれたプロデューサー」
工藤母「大丈夫? 騙されてない? 頭モジャモジャよ?」
忍「そう言われるとアタシもちょっと自信ないけど多分……」
P「どうもどうも。改めまして僕ァこういうものでして(名刺サッ)」
工藤父「346プロダクション青森支社のプロデューサー……さんよんろく?」
P「あ、お父さんがたにはホラ、美城芸能と言ったほうが馴染みがあるでしょうかね」
工藤母「ああ、裕次郎の映画の」
P「はい。映画制作の美城芸能が立ち上げたアイドル部門が346プロでして」
工藤父「思ったより大会社を受けたんだな、忍は」
P「そうなんですよォお父さん。それで346は今各県にエリアボスと言いまして……」
9 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 21:57:23 ID:
L5Hq
◇◇◇
工藤父「説得された」
P「解ってくれてありがとうございます」
忍「えええええええ」
工藤父「確かに契約内容も問題ないし保証もしっかりしている。一日の拘束時間も長くないし、ウチから通って監督できるということなら問題ないだろう」
忍「いいの? あれだけメッチャ喧嘩したのにいいの!?」
工藤母「お父さんあれで忍が都会でひどい目に逢わないか心配してたのよ」
忍「お父さん……」
10 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 21:57:41 ID:
L5Hq
工藤父「忍、お前、ここで俺が反対してこの話がご破産になったらどうする」
忍「……そりゃもちろん、アイドルになるためにまた東京にオーディション受けに行くけど……」
P「そうやって次に忍クンが受ける先が346よりちゃんとしてるってこたぁまずありませんよ、と説得したんだ」
工藤父「まあ大好きな女優の直筆サイン入りプロマイドももらえる約束だし」
工藤母「お母さんは裕次郎のやつね」
忍「お父さーん! お母さーん!?」
11 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 22:00:53 ID:
L5Hq
工藤父「まあまあ信頼できそうだと思ったのも本当だから」
忍「まさかお父さんが説得されるとは」
P「僕ァプロデューサーですよ? 親御さんとのお話し合いは経験豊富なんだよね」
忍「プロデューサー……」
P「実際『両親の反対』は捨て置けない問題でね。いくら本人がやる気であっても君が未成年である以上、ご両親が本気で反対したらどうにもならない。なんとかして解決しておきたかったんだ」
忍「う、うん」
工藤父「というわけで頑張れよ忍」
忍「え」
12 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 22:03:26 ID:
L5Hq
工藤母「応援してるわよ忍」
忍「あ、うん」
P「いやァよかったねえ。明日から頑張ろうな忍クン」
忍「ええと、その」
P「ん?」
忍「……ありがとう、プロデューサー」
忍「……」
13 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 22:06:46 ID:
L5Hq
~数日後・青森某所の公立高校~
先生「えー静かに。今日はホームルームの前に、東京からの転校生を紹介するぞ!」
女生徒A「えー!? 東京からの転校生!?」
女生徒B「すごーい!」
先生「はっはっはっでは紹介しよう。東京から転校してきた工藤忍くんだ!」
工藤忍「こんにちはくどうしのぶです!(ヤケクソ)」
14 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 22:10:03 ID:
L5Hq
先生「なんと工藤君は東京からアイドル活動のために青森に引っ越して来たんだ」
女生徒A「わあ! 転校生でアイドルなのにすごく見慣れた顔!」
女生徒B「奇遇だなあ。うちのクラスにも先々週アイドルになるために東京に転校してった工藤って子が居たよ!」
工藤忍「そりゃそうでしょうよアタシがその先々週転校した工藤忍だからね!!」
先生「さて、工藤の席は……おっ、ちょうどあそこの席が空いているな!」
女生徒A「学期半ばなのにちょうど一人ついこないだ転校していった後みたいに都合よく空いてます、先生!」
女生徒B「名札も偶然工藤のままだしちょうどいいよね、先生!」
工藤忍「ちくしょうもういっそ殺せェ!」
15 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 22:15:40 ID:
L5Hq
女生徒A「あははごめん。さ、座って座って」
女生徒B「忍おかえりー」
忍「くそうまさかこんなイジられるなんてェ」
女生徒A「そりゃそうでしょ」
女生徒B「『東京でも通用するしパンチ!!』とか大見得切って出てってまだ二週間だもん」
忍「ちょっと待ってパンチは言ってない」
女生徒A「いつもやってたじゃないこうビシッと(ぱんち)」
女生徒B「そうそうスゴいドヤ顔で」
忍「……そういややってる気がする!?」
女生徒A「無意識だったかー」
16 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 22:16:02 ID:
L5Hq
女生徒B「体に染み着いてたかー」
忍「うわあんなんかもういろいろと恥ずかしすぎるう(もだもだ)」
女生徒A「あはは。まあ、おかえり」
女生徒B「忍が戻って来てくれて嬉しい」
忍「……凄いアイドルになるまで戻ってこない予定だったのにい」
女生徒A「うん。だからもう二度と会えないのかなと思っていた」
忍「いつまでもすごくなれない前提!?」
17 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 22:20:42 ID:
L5Hq
女生徒A「そうそじゃなくてさ」
女生徒B「売れて有名になったら、こっちに戻ってくる暇なんかなくなるじゃない」
忍「まあ、そうかも」
女生徒A「だから、こっちに戻ってくることがあっても、それはきっとちょっと顔出すぐらいの事でさ」
女生徒B「もう忍と同じ教室で勉強したり、バカ話をしたりすることはないんだなあ……って思ってたの」
忍「二人とも……」
女生徒A「みんなそうだよ。忍がいなくなって寂しがってたよ」
女生徒B「まあ二週間で戻ってくるとは思わなかったけど」
忍「そりゃそうだよね! アタシも思わなかった!!」
18 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 22:24:27 ID:
L5Hq
女生徒A「正直なところさー」
忍「うん?」
女生徒B「あたしたち、あんまり本気で取り合ってなかったでしょ。忍のアイドル」
忍「まあね」
女生徒A「なぜかって言うと忍って話を盛るとこがあるからなんだけど」
女生徒B「そうそうメールとか時々凄いじゃん。だから今回も話を盛ってるのかと思ったんだよね実は」
忍「うぐぐ」
女生徒A「だから忍が東京に行っちゃったあと、ちょっと後悔したんだよね。ああ本気だったんだ、誤解してたなって」
忍「……」
女生徒B「忍は本気だった。忍はちゃんと東京に行って、夢を叶えたんんだもんね」
忍「うん……えっ」
忍「えっ?」
19 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 22:24:50 ID:
L5Hq
女生徒A「?」
忍「夢を叶えたの? アタシが?」
女生徒B「なんで忍がキョトンとしてるのよ」
忍「いや、なんでって」
女生徒A「だってなったじゃないアイドル」
女生徒B「そうそう」
忍「いやだってそれはプロデューサーが根性あるなあって拾ってくれたってだけの事であって、アタシまだ」
20 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 22:25:03 ID:
L5Hq
女生徒A「何言ってるの『選ばれる』のがまず凄い事じゃん」
女生徒B「そうそう。スタートラインに立てるのがまず特別な事なんだからね」
忍「それは……そうなんだろうけど」
女生徒A「というわけで私たち今度こそ忍を応援することにしたからね!」
女生徒B「うちのクラスみんなで応援するからね!」
忍「あ、ありがとう……?」
女生徒A「フレー、フレー、忍!」
女生徒B「フレー、フレー、忍!」
忍「あはははは……」
21 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 22:31:08 ID:
L5Hq
一週間後・移動中の車内~
(ブロロロロ……)
後部座席の忍「はああ……」
運転席のP「なんだいポカーンと口開けちゃって」
忍「でっっかい車だねえ」
ロケバスを運転中のP「そうかい?」
忍「そうだよすごいでっかいよ。うわ、背もたれにテレビまで付いてる」
P「現場まで退屈だったら見てていいよ」
忍「いや初仕事前の緊張でそれどころじゃ……ってか、アタシ一人運ぶのにこの車って大げさじゃない?」
P「仕方ないでしょうよ346の青森支社ってこれしか車ないんだから」
忍「これしかないの?」
22 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 22:36:24 ID:
L5Hq
P「そ。これしかないの。だからアイドル送迎すんのもこの車、機材運ぶのもこの車。ロケ先の僕の寝床もこの車、アパートに帰るのもこの車を使うんだよ」
忍「え、会社の車でじぶんちに? いいの?」
P「いいんだよォどーせ青森支社って僕一人だし」
忍「なにはじめて聞いたよその話」
P「言わなかったからね。346プロ青森支社は僕一人。アイドルは忍クンだけ。あとはスマホが2台とちっこいオフィス、そんだけよ」
忍「……ねえ、ひょっとしてプロデューサーって左」
P「左遷じゃないからね? 僕ァこれでも敏腕プロデューサーで通ってるんだからね!?」
23 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 22:42:42 ID:
L5Hq
忍「でも口調が胡散臭いし頭モジャモジャだし言ってる事は調子いいしで怪しまれてそう」
P「ぼ、僕の事はいいからさ僕の事は。それよりエリアボスの初仕事だよビッとやんなさいよ?」
忍「うーん」
P「何よそのウーンは」
忍「もちろん頑張るんだけどさ、結局エリアボスって何」
P「え、仕事説明したっしょや」
忍「うん、ライブバトルで歌うんでしょ? でも実はエリアボスってのがどうもよくわかんなくて」
P「ライブバトルは解る?」
忍「ライブバトルは解るよ。先攻後攻でライブして、観客が投票で勝敗決める」
P「人気あるよねえ」
忍「うん、アタシも好き!」
24 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 22:43:03 ID:
L5Hq
P「でさ、アイドルってちょくちょく全国キャンペーンやるじゃない。ニューアルバム発売したとか活動ン周年とかで」
忍「やるね」
P「そういうとき、行った先の都市でライブバトルやると盛り上がる」
忍「盛り上がるね!!」
P「だけどよく解らん奴相手にすると逆に傷が付くこともある」
忍「確かに。ライブバトルって相手があってこそだもんね」
P「というわけで346のアイドルが地方巡業に来たときその土地のご当地アイドルの代表としてライブバトルをするのがエリアボスの役目なのだ!」
25 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 22:43:15 ID:
L5Hq
忍「え、代表? 青森の?」
P「そうだよォ」
忍「アタシが?」
P「君がだよォ」
忍「詐欺じゃん!?」
26 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 22:51:14 ID:
L5Hq
P「おいおいいきなり何言い出すんだい」
忍「だってそうじゃない、青森でまだなんの活動もしてないアタシがほかのたくさんのご当地アイドル差し置いて青森代表とかさ!!」
P「いーやおかしくない。346の青森支社には君しかアイドル居ないんだから自動的に忍クンが代表になる。当然の事でしょうよ」
忍「な、なるほど。あくまで346の中の話なんだね」
27 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 22:51:28 ID:
L5Hq
P「まあそのへんの細かい事書くとクドくなっちゃうから『青森アイドルのボス』とだけ宣伝するけどね」
忍「やっぱり詐欺じゃないー!!」
P「詐欺じゃありませんー。宣伝したいポイントを強調してるだけですー」
忍「うわあどうしようデビュー初仕事で青森代表とかまだレッスンだって一週間しかさせてもらってないのにぃ」
P「観念しなさいよもう出番は決まってるんだから」
忍「だってえ」
P「ライブバトルは勝つものと負けるものが居てなり立つけど、二者が協力して盛り上げるステージでもある。大事なのは勝利を目指して全力で舞台を盛り上げる事その姿勢であって、勝利そのものじゃないでしょ」
忍「うう、た、確かに。解った。こうなったら全力でやるよ。今のアタシに出来る最高のステージを! どんな相手が出てきたって気持ちでは負けないように!」
28 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 22:54:48 ID:
L5Hq
一時間後・青森市特設ライブバトルステージ~
こいかぜ歌いながら奈落からステージにせり上がってくる高垣楓「あーなーたしーかみーえーなーくーなーあてー」
舞台袖の工藤忍「勝てるかァ!?」
29 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 22:55:06 ID:
L5Hq
P「おいおい弱音吐くの早すぎるじゃないか」
忍「気持ちとかそういう問題飛び越えてるよ! いくらなんでも初手で高垣楓さんが相手ってある!?」
P「仕方ないじゃんエリアボスは巡業してきたアイドルと戦うのが仕事であって相手は選べないんだから」
忍「ひどい話を聞いた!」
P「おうおうさすが楓さんだステージ盛り上がる盛り上がる」
忍「そりゃ楓さんだもん盛り上がるに決まってるよ。えっこの盛り上がりの後にアタシが歌うの!? うわあんせめて先攻にしてほしかったァ!!!」
P「ごめんな忍クン。あのとき僕がチョキを出したばっかりに……」
忍「大事な初仕事の先攻後攻をジャンケンで決めないでほしかったなァ!!」
P「決まっちゃったものは仕方ないよ。ほら出番、出番」
忍「ちくしょうプロデューサー後で覚えてなさいよ行ってきます!!」
P「行ってらっしゃい骨は拾ってやるからなー」
30 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 22:58:57 ID:
L5Hq
◇◇◇
忍「当然のように負けた」
P「残当」
忍「もうなんか高垣さんの出番終わったらみんな帰り支度してたし」
P「満足しきってたもんなあお客さん」
忍「アタシが頑張ってもどんどんどんどん盛り下がって、客席が冷えていって。これが、こんなのがアタシの初ステージ……」
P「まあまあ。観客からは肯定的な意見も多かったんだぞ」
忍「え、そうなの」
P「うん。『根性は買う』『出てきて歌えただけ偉い』など暖かい意見の数々が」
忍「根性しか評価されてなくない!?」
P「初仕事で高垣楓が相手で根性以外が評価されたらむしろおかしくないかい」
忍「確かに!」
31 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 22:59:16 ID:
L5Hq
P「エリアボスってのはこういう仕事よ。対戦には相手が必要だ。だから巡業に来た奴は誰でも相手する。それがたとえ天海春香でも小林○子でも」
忍「あはは、いくらなんでもそんな人相手にする機会があるわけが」
P「……」
忍「あるのか……」
32 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 23:04:18 ID:
L5Hq
P「まあ実際ビビってステージに上がれないなんて言い出さなかっただけよくやったと思うよ」
忍「プロデューサー」
P「ライブバトルは勝つものと負けるものが居てなり立つけど、二者が協力して盛り上げるステージでもある。相手が格上だからって折れずに盛り上げようとする。それだけで満点よ」
忍「……アタシ、頑張るから。次は勝てるようにレッスンして」
P「気張らない気張らない。盛り上げようと頑張ることさえ忘れなければ、勝ち負けは二の次よ」
忍「えっ」
P「だってどんなに努力しても次の相手が日高舞だったら勝てないでしょ、ぶっちゃけ」
忍「そりゃそうだけど!?」
P「だから勝ち負けに拘らなくていい。エリアボスとして精一杯がんばる姿を見せてくれりゃいいんだよ」
忍「……でも」
P「ん?」
忍「ううん、なんでもない」
忍(でもアタシは。アタシは……)
33 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 23:11:11 ID:
L5Hq
~その夜・工藤家の食卓~
工藤父「……(モグモグ)」
工藤母「……(モグモグ)」
忍「……(モグモグ)」
工藤父「……忍」
忍「え」
工藤父「中継、見てたぞ」
忍「……う、うん」
工藤父「偉かったな」
忍「え」
工藤母「最後まで頑張ったじゃない。偉いわ」
忍「……うん」
工藤父「また、頑張れよ」
工藤母「応援してるからな」
忍「うん……」
34 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 23:12:30 ID:
L5Hq
~数週間後・青森某所テニスコート~
P「というわけで初のCM仕事だよ忍クン!!」
ミニスカテニスウエア姿の工藤忍「嬉しいけどいいのかなァ!」
P「いいって何が」
忍「いやまだ実績らしい実績もないのにCMに出してもらっても宣伝効果が」
P「何言ってるんだいあの高垣楓と一歩も引かずに戦ったアイドルだといったら向こうさんふたつ返事で了解してくれたよ」
忍「やっぱプロデューサーって詐欺師なんじゃない?」
35 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 23:16:30 ID:
L5Hq
P「ハハハなんのことやら。とにかくまずは顔売っていくことだよ。はいこれテニスラケット」
忍「うん……でもなんでアタシの初CMがテニス用品店の奴なの?」
P「もちろん忍クンの魅力を引き出せる仕事だと思ったからだよ」
忍「アタシの、魅力……」
P「いやあ話があった時から思ってたんだよ。ミニスカテニスウエアでの撮影なんて忍クンの健康的にブッとい太股を最高に活かせる仕事だなって!!」
忍「気にしてるのにキック!!(ゲシッ)」
P「グワーッ健康的威力!!」
36 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 23:16:46 ID:
L5Hq
カメラマン「あのー、そろそろ撮影よろしいでしょうか」
P「ほら忍クン行って行って」
忍「ちくしょうプロデューサー後で覚えててよ!」
カメラマン「では撮りまーす。3、2、1……スタート」
忍「えいっ(ラケット振ってスマイル)テニス用品なら青森市の中心部を南北に貫く柳町通り商店街、信頼と実績のラケットショップ鈴木にご用命を!!」
37 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 23:20:21 ID:
L5Hq
~数日後・青森某所の公立高校~
女生徒A「忍、見たよ見たよ!」
女生徒B「CMのやつ!」
忍「あ、あのCMもう流れてるんだ」
女生徒A「うん、夕方の情報番組の時間帯ね」
女生徒B「すごいローカル感だったよ」
忍「ちくしょう自覚してる」
38 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 23:25:31 ID:
L5Hq
女生徒A「でも友達がCMに出るなんてねえ」
女生徒B「凄いことだよねこれは」
忍「スゴいのかなあ」
女生徒A「当たり前だよスゴいに決まってるよ」
女生徒B「クラスの男子なんて密かにCM録画してるんだから」
忍「えっなんでそんなことを」
女生徒A「そりゃもちろん忍の健康的にブッとい太股に目が釘付けになったからで」
忍「聞くんじゃなかった!!」
39 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 23:25:52 ID:
L5Hq
女生徒B「忍はもともとなんかそういう感じの人気があるんだよね」
女生徒A「そうそう。なんか生活感がある生々しい魅力というか」
女生徒B「そうそう。クラスで人気投票したら1位にはならないけど『俺だけは工藤の魅力わかってるから……』とか密かに思ってる男子がいっぱいいる感じというか」
忍「それほめられてる?」
女生徒A「もちろんだよ」
女生徒B「単に可愛いよりそういう感じのほうが男子は拗らせるんだよ」
忍「うーん嬉しいような嬉しくないような」
女生徒A「そういや、またエリアボスの仕事あるんでしょ。ネットに宣伝出てるよ」
忍「あ、うん」
40 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 23:26:03 ID:
L5Hq
女生徒B「次は誰と戦うの?」
忍「なんか346のシンデレラプロジェクトとかいうのの新人なんだって。3人組」
女生徒A「おお、3対1」
忍「最大で5人いっぺんに相手にすることもあるみたい」
女生徒B「うわあ、そりゃ負けても仕方ないねえ」
忍「うーん」
女生徒A「まあ、あたしたちは勝っても負けても忍を応援してるから」
女生徒B「うん。頑張れ頑張れ」
忍「……はーい」
41 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 23:33:31 ID:
L5Hq
~二週間後・移動中の車内~
後部座席の忍「うーん、うーん」
運転席のP「なんだい難しい顔で唸っちゃって便秘かい?」
忍「年頃の女の子にそういうこと言わない!(ゲシッ)」
P「グワーッ後頭部!!」
忍「なんかちょっと悩んでただけだよ。アタシこれでいいのかなあって」
P「いいのかなあって、なにが」
忍「何とは言えないけど……アタシ、ちゃんとアイドルなのかなあって」
P「何を今更。何度もライブバトルに出て、CMも出て、こないだは商店街で八百屋の宣伝もしたでしょうや」
忍「うん。りんごいっぱいもらった」
P「そりゃまだまだだけど、ちゃんと知名度上がって来てるしね。これがアイドルじゃなかったら何がアイドルよ」
忍「だよねえ、うーん……あ、テレビつけていい?」
P「どうぞー」
忍(ポチッ)
42 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 23:36:25 ID:
L5Hq
ミニスカテニスウェアの忍『えいっ(ラケット振ってスマイル)テニス用品なら青森市の中心部を南北に貫く柳町通り商店街、信頼と実績のラケットショップ鈴木にご用命を!!』
P「ほらこうやってCMも流れてる」
忍「うん……あれっ」
P「ん?」
忍「今のやつ、変じゃなかった?」
P「いや運転中で見てなかったけど」
忍「変だったよ。なんかテニスラケットじゃなくてバドミントンのラケットじゃなかった? 今の」
P「いやだから見てないけど」
43 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 23:36:38 ID:
L5Hq
忍「だってテニス用品のコマーシャルで、アタシ確かにテニスラケット受け取って、あれっ」
P「見間違いじゃないのォ?」
忍「いやそんなはず無いと思うんだけど、あれっ」
P「まあ、気にしなくていいよそんなの」
忍「えっ」
P「CMとしては検品の上納品したんだし、なんか不具合があったとしても対応するのは局のほうだし。もう終わった仕事だよ。僕らがことじゃないでしょ」
忍「それはそうかもしれないけど」
P「それより今夜の仕事ですよ。今回のライブバトルの相手は……」
44 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 23:38:49 ID:
L5Hq
◇◇◇
忍(アタシは)
忍(アタシはそれからも青森でアイドルを続けた)
忍(アタシは恵まれてるほうだと思う。親が応援してくれる。みんなが応援してくれる)
忍(エリアボスとして勝ったり負けたりしながら、たまにCMに出たり、地元のバラエティに出たりして、アイドルをしてる)
忍(プロデューサーさんはあれで敏腕で、アタシにしっかり仕事をくれる)
忍(みんなに応援されて、だんだん人気が出て、学校生活も充実してて)
忍(なんにも言うことはない。なんにも言うことはない)
忍(だけどアタシはなんだか)
忍(なんだか、とても、とても……)
45 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 23:41:28 ID:
L5Hq
~ある日・青森市街地~
女の子A「あ、あの、工藤忍さんですか?」
ショッピング中の工藤忍「え? ……あ、そうだけど」
女の子A「ほらやっぱりだよ!」
女の子B「すごーい!」
忍「あはは……」
女の子A「ファンです。サインください!」
女の子B「私も!!」
忍「え、サイン? アタシの?」
女の子A「はい」
女の子B「是非!」
忍「ありがとう。うん、喜んで」
46 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 23:43:37 ID:
L5Hq
女の子A「わーい!このノートにお願いします」
女の子B「私はこのハンカチに!」
忍「はいはい……あのさ、聞いていい?」
女の子A「? なんでしょう」
忍「アタシのファンだって言ってくれたけど、アタシのどこを気に入ってくれたのかなって」
女の子A「そりゃあ可愛いし、いろんな人とライブバトルしてるし」
女の子B「歌も上手だし、がんばってるのがいいねって」
忍「がんばってる」
女の子A「うん。負けても勝ってもへこたれないのがすごいよねって」
女の子B「応援したくなるよねって」
忍「あはは、ありがと」
女の子A「これからもがんばってください!」
女の子B「勝っても負けても、ずっと応援してますから!」
47 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 23:46:50 ID:
L5Hq
~翌日・移動中の車内~
忍「ねえ、プロデューサー」
P「んー?」
忍「アタシさ、昨日初めてサインねだられたんだよ」
P「おー。よかったじゃないのさ」
忍「うん。でも、なんだか変な気分で」
P「贅沢な奴だねえ。サインねだられて何が不満なの」
忍「アタシ、なんにもしてなくない?」
P「ん?」
48 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/07(火) 23:47:38 ID:
L5Hq
忍「アタシ、もらった仕事をしてるだけでさ。なにかしたわけじゃなくてさ。みんな応援してくれるけど、アタシなんか応援されるようなことしてるかな。アタシ、ほんとにアイドルなのかな」
P「またその話かあ」
忍「まじめなんだよ、アタシ」
P「アイドルかアイドルでないかっつったら、そりゃ絶対アイドルでしょうよ。逆に聞くけど何が不満なの」
忍「それは」
P「もらった仕事をしてるだけって言うけど、そもそもアイドル本人は『アイドル』というものの一部でしかないでしょ」
忍「一部」
P「そ。こういうアイドルを売りだそうって企画を立てて人員を配置して、宣伝を打ち楽曲を作り仕事を選定する。アイドルはその一部だ。あの高垣楓だってほかの誰だって、それは同じだよ」
忍「同じ……」
49 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/08(水) 19:07:15 ID:
CKDQ
P「そう。その意味で忍クンはちゃんとアイドルだ。僕ァ君がアイドルを無理無く続けていけるように道をつけたし、君は事実アイドルとして活動して、少しずつファンを獲得してる。それのどこが不満なんだい」
忍「不満……は、ない、けど」
P「でしょ?」
忍「……うん」
P「ならよかった」
忍「……ちょっと、テレビ観てていい?」
P「どうぞォ」
忍(アタシはテレビをつけた)
忍(別にテレビが観たかったわけじゃない。だけどなんかいたたまれなくて。沈黙が苦しくて、テレビをつけた)
忍(そして)
忍「……あ」
忍(そこに、女の子が映っていた)
50 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/08(水) 19:07:49 ID:
CKDQ
忍(暗い舞台のに一人で立つ、バレリーナ)
忍(ぴんと張りつめた雰囲気。毅然と伸びた背筋)
忍(無音の中で踊り始めるその子から、アタシは目が離せなくなった)
忍(指先まで、髪の毛の先まで意識したような、完璧な演技)
忍(そして、表情にハッとする。笑顔なのに、たしかに笑顔なのに、その子の顔には厳しさがあった。何かに挑戦するような、緊張があった)
忍(ああ、とアタシは息を漏らした。何かがストンと腑に落ちた。そうか、そうだ)
忍「アタシは、あの顔をして、東京に行ったはずじゃない」
51 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/08(水) 19:11:18 ID:
CKDQ
P「忍クン?」
忍「ごめんなさい、解っちゃった。これは、これは、違うんだ」
P「……」
忍「今のアタシは、アタシがなりたかったアタシじゃないんだよ」
P「アイドルになりたかったんだろう? アイドルはこういう物だと、教えたろう?」
忍「だけど、これは、違う!」
P「……」
52 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/08(水) 19:13:34 ID:
CKDQ
忍「ここでは誰も、アタシに本気で勝ってほしいと願わない。ここでは誰も、アタシが負けても悔しがらない。がんばって偉いね、はアタシのかけて欲しかった言葉じゃない。アタシは、勝ってほしいと願ってもらえる自分になりたい!!」
P「……」
忍「アタシが憧れたアイドルは、ずっと高いところで輝いてる星だったはずなんだ。アタシはどんなに苦しくてもその星まで上がっていくんだと誓って東京に行ったんだ」
忍「くじけても、倒れても、なかなか結果が出なくても、それでも星に向かって歩いていく。そんな姿を、アタシは見せたい。応援してもらうなら、そんな姿を応援してもらいたい。お父さんの理解も友達の応援も、きっと
その上で手に入れなきゃいけないものだったんだ。誰かにお膳立てしてもらっていいものじゃ、絶対なかったんだ」
P「我が儘言うねェ」
忍「我が儘でもいい。だけど、だけど」
忍(アタシは叫んだ。思いの丈をこめて、ただ叫んだ)
忍「アタシが選んだ道は、そういう道だったはずなんだ。我が儘を突き通して飛び出した意味はあったんだと、あの高い星を目指すって言ったのは本気だったんだと、アタシはその姿で証明しなくちゃいけなかったはずなんだ!」
53 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/08(水) 19:15:46 ID:
CKDQ
P「……そんなら、ダンス試験で倒れたりてちゃダメでしょォ」
忍「い、今それ言うの!?」
忍(プロデューサーの軽口に赤い顔で言い返してから、アタシは異変に気が付いた)
忍(いつの間にか、車が止まっていた。外は真っ暗で、街頭の明かり一つない)
忍(車の中もずいぶん暗い。いつも目立ったプロデューサーさんのもじゃもじゃ頭は闇に沈んでどんな表情をしているかも解らない)
忍(車のドアが、音もなく開いた。その外に、穴がある。暗闇にぽっかり浮かぶ、うすぼんやりとした穴)
忍(異様な事態に凍り付いてるアタシに、プロデューサーは笑いかけた。顔も見えないのに、笑った気がした)
54 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/08(水) 19:19:02 ID:
CKDQ
P「行きたまえよ。そういう道が好みなら」
忍「プロデューサー」
P「絶対このままがいいと思うけどね。ヤダって言うなら仕方ない。まァ頑張って来なさいよ」
忍「……この道は、どこに続いてるの?」
忍(プロデューサーは、笑って何も答えなかった。そうだ。道がどこに続いてるかなんて、自分で確かめるしかないことじゃないか)
忍「……行くよ」
P「おう」
忍「プロデューサー、ありがと」
P「ん?」
忍「夢を信じたいって言ってくれて。アタシ、あのとき、本当に嬉しかったんだ」
55 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/08(水) 19:19:16 ID:
CKDQ
忍(プロデューサーは、何も答えなかった。アタシは、穴に飛び込んだ)
忍(穴の中は真っ暗で、狭かった。息苦しい)
忍(枝分かれがいっぱいある。どっちに進んでいいか、解らない。アタシは這いずるみたいにして、とにかく上に、上にと進んでいった)
忍(この道がどこにつながってるのか解らない。だけどそれでいいと思った。だって、アタシの後ろに行きたい場所が無いことだけは確かだったからだ)
忍(穴はやがて、どんどん上向いて、狭くなった。気を抜いたらたちまち元居た場所まで落ちていくんだと、アタシはなぜか理解していた)
忍(壁をつかんで、足を踏ん張って、汗だくで、みっともない格好で、ただ登る。そしたら、遠い上のほうに、光が見えた。出口だ)
忍(そこから、誰かが観ているのが解った。大人の男の人と、3人の女の子)
56 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/08(水) 19:22:51 ID:
CKDQ
忍(だれも、アタシに手を差し伸べたりしなかった。励ましの言葉を言ったりしなかった)
忍(その子たちは、登ってくるアタシを、ただ観ているだけだった)
忍(アタシは、泣いた)
忍(悲しかったからじゃない。解ったからだ)
忍(まだ出会ってもいないその人が、その子たちが、アタシはきっと登ってくると、手助けなんかいらないと信じてくれているのが、解ったからだ)
忍(アタシは最後の力を振り絞って穴を登った。その子たちに、その人に、本当に会いたいと思った)
忍(そして、限界の限界の、ほんとうに最後の最後まで力を絞り尽くして、アタシはようやく穴の出口に手をかけて、飛び出した)
忍(アタシはまばゆい光に包まれて、そのまま意識を失ったのだった)
57 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/08(水) 19:23:28 ID:
CKDQ
◇◇◇
忍(はっ、と目が覚めた。ベッドの上。知らない天井。先ほどまでの思い出は、目覚めとともに夢のように霧散する)
忍(知らないおじさんが、ベッドの横で心配そうにアタシを見ていた。はじめて見るはずなのに、どこかなじみのあるモジャモジャ頭……)
忍(しげしげと眺めているうちに、記憶が次々よみがえる。上京、オーディション、ダンス、ふらついて)
忍(そうだ。アタシは蒼白になって飛び起きた)
忍「んっ……え!? ここは!? オーディションは!?」
忍(オーディションは終わったと、おじさんが教えてくれた。アタシはご飯も食べられないままでオーディションを受けて、ダンス試験でひっくり返ってしまったのだ)
忍(当然不合格だろう。だけど、やらなくちゃいけないことは、解っていた。ベッドから降りて、おじさんに一礼する)
忍「今日はすみませんでした。また別の事務所のオーディションを受けてみます」
忍(頭を上げて出て行こうとするアタシを、おじさんが呼び止めて、聞いた)
『どうしてそこまで?』
忍(どうしてって、そんなの決まってる。だからアタシは、胸を張って答えた)
59 :
◆cgcCmk1QIM 23/03/08(水) 19:24:27 ID:
CKDQ
忍「アイドルになるため!」
忍(アタシはアイドルになる。どれだけ失敗したとしても、アタシがめざした、アタシがなりたいアイドルになる。だから、進むんだ。後戻りは、しないんだ。その決意はいつの間にか、アタシの中で堅く堅く育っていた)
忍(おじさんが何か言おうとするのにも気づかず、アタシは部屋をかけだした)
忍(そのおじさんが近い将来アタシのプロデューサーになることも、この出会いがアタシのアイドルとしての始まりだったことも、その時のアタシはまだ、知らなかった)
(おしまい)
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【モバマス】P「青森でも!」工藤忍「通用するし!?」
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