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【モバマスss】腹ペコシスターの今日の一品;トースト、二枚。

1 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:01:02 ID:HPQ
腹ペコシスターシリーズクリスマス編(!)です。副業が忙しくなかなか書けなかったんですが遅れに遅れてこのタイミングになりました。
いつもは真面目な(?)料理系ssですが、今回は飯シーン無いです。代わりに少女漫画です。俺なりの少女漫画です。
妄想の極致としての恥部を曝け出しているような気がして恥ずかしくてたまりませんが、是非よろしくお願いします。

2 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:01:30 ID:HPQ
オードブル:Love saves reality, and reality illuminates “love”. Finally, “love” forms love.】



 東京に来てから、雪が嫌いになった。
 正確に言えば、大人になってから、雪が嫌いになった。
 電車は遅れるし、歩けば転ぶし、氷になって長居をしようものなら目も当てられない。

 せめて積もりでもすれば呑気にその楽しさを享受できるだろうに。……いや、果たしてそうだろうか。歳を経るごとに体力的な余裕も精神的な余裕も削り取られていくばかりの今、そう楽観的なことばかり言っていられない。

 あの日見た夢の景色は、今もまだ、夢のままで在(あ)るだろうか。『いつか』と思い描いた自分はいるか。あの頃の自分に胸を張っていられるか。卒業アルバムの寄せ書きをいくつ思い出すことができるだろうか。あのときの友人の顔を、幾つ思い出すことができるだろうか。
 ───少年時代の淡い幻想は、いまだに美しいものとして残っているだろうか。

 少年時代の幻想。例えば、雪だるまを作って。雪合戦をして。かまくらの中でみかんを食べて。遊び疲れた日の夜に、赤い服を着たおじいさんがプレゼントを持ってやって来て。そういう、ありふれた夢。

 夢のような一日。一年も終わりに差し掛かる、周期境界の端と端。繋がった後にタイム・カウンターは一つだけ更新し、また同じ日常が続けられていく。そんな境界の直前における時間軸。

 そう、今日は雪の日。それもクリスマス。少年の日の夢を──同じ夢を、今の俺はまだ見ることができるのだろうか。

3 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:01:59 ID:HPQ


「お疲れ様です、プロデューサーさん」
「お疲れ様です。いつも素晴らしい歌声ですが、今日は特に良い仕上がりでしたね。会場の後ろの後ろまで、シスターの気持ちがきっと届いたと思いますよ」

 摩天楼の合間にひっそりと佇む教会。
 クリスマスの日に奏でられる聖歌は、今この時間を前後のそれから一層不自然に──神秘的に──浮き上がらせる。
 その中心。俺の担当アイドルであるところのシスター・クラリスがステージを終えた時、血色良い顔に笑顔が力強く咲いていた。

「そう言っていただけると何よりです。やはり、クリスマスという特別な日であることも関係していると思いますが……最近、歌う時の心持ちを少し変えたのです。それが功を奏したのかもしれません」
「へぇ。そうなんですか。……ちなみに、聞いても?」
「……禁則事項です。」
 その返しどこかで……まあいいか。
 そう言えばあの作品の始まりも、サンタクロースに言及していたと思う。いるはずない。あるわけない。だから叶う理由もない。そんな非日常・非現実の象徴として。

4 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:02:46 ID:HPQ
「そうですか、ではまた今度の機会に……それでシスター、その、この後は」

 しかし現実にこの時間で心拍を刻んでいる俺らが気にするのはやはり、同時に起こる相互作用なのだ。
 過去のそれをずっと引き摺ってしまうのは仕方がないことだ、しかしまさに今から足を踏み入れる大きな大きなポテンシャルのことを考えれば、その影響だけがドミナントになるだろう。

「は、はい。えと、あのその、ど、どうしましょう……?」
「ええと、俺はちょっと挨拶回りに行ってきます。……シスターも着替える時間が必要でしょうから、この後正門前でどうでしょうか?」

 ……予約の時間までは1時間ほどある。ここからゆっくり歩いて行ってもたっぷり30分くらいが限度だ。少し教会の関係者や制作会社の人たちに挨拶をして時間を潰させてもらおう。
 正門では、今日一緒に歌ってくれた子供達がまだ漫ろに残っている。シスターが着替え終わってもまだ数人は残っているだろう。彼らもシスターに随分懐いていたように見えたし、彼女は子供と遊ぶのが好きだから、その間はまだアイドルとしてお仕事をしてもらうのがいいだろう。

「しょ、承知いたしました。……あの、プロデューサーさん」
「はい、何でしょうか?」
「……楽しみにしていますね。」

 ……シスター、その顔は少し引き締めてもらいませんと。今日はまだもうちょっとの間だけ、アイドルでいてもらいますから。外の空気を浴びれば、少し熱にあてられた赤い色も収まるかもしれません。

「……ええ、俺もです。」

 ……俺も、少しだけ遠回りをしていこう。

5 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:03:15 ID:HPQ


 礼拝堂。皆が祈りを捧げる神聖な空間に一人、背の高く恰幅の良い老人が天井を見上げていた。
 瑠璃色のステンドグラス。当たる光の方向───観測する光の方向によって様々な色を見せる心の移し鏡。彼がこの教会の神父様だ。こちらが声をかけようとしたまさにそのタイミングで彼が振り向く。少し驚きを浮かべていた表情は、すぐに優しい微笑みへと変化した。

「お疲れ様です、プロダクションのものです。今日はこのような機会をいただけて本当に……」
「Thank you for this wonderful event. Best of all, all the children were smiling.」

 ……まずい、英語なんてあまり喋れないぞ……
 神父の顔つきは確かに日本人離れしている。初めに挨拶に行ったはずなのに、先方の人となりを記憶していないなど失礼の極みだ。反省しなきゃいけないなとも思いつつ、しかしそれはこの後でいい。今は間に合わせの英語でも、何か反応を返さなきゃいけない。

「え、ええと…… I'm glad to say that. We were helped by your support.」
「日本語でおけ。」
「…………」

……そうだ。最初の挨拶では、やたら流暢な日本語で対応されたんだった。言葉の壁を感じなかったのも当然だ。

「ははは、何、軽いスパニッシュジョークですよ」
「まさかのスペイン!?」
「それも冗談です。何はともあれ、ありがとうございました。またこういう機会がありましたら、ぜひよろしくお願いします。」
「はぁ」

 ……だいぶ変わった人だ。聖職者のサンプル数は少ないのだが例に漏れず変人である。2/2だ。まだ神を信じる心を捨てるのは早い。変人の上積みを引き当てる能力が異様に高いと解釈しておこう。そろそろこの巡り合わせは是正されてもいいと思うぞ、どこかの神様よ。

6 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:03:49 ID:HPQ
「……それにしてもシスター・クラリスがあんなに楽しそうにしているのは初めてみました。幸せに過ごされているようで何よりです。」
「あれ、シスターとは以前からお知り合いで?」
「もちろん! この世界で彼女を知らない人はおりません。教会への『悪』と『魔』に対する絶対最高戦力。個人という身に余るほどの殲滅力と制圧力。そのあまりの苛烈さからつけられた『不沈艦隊』の名は伊達ではありません」
「へぇ」
「昔の彼女はと言えば、その目に映った者は数刻のうちに骨すら残らないと言われていました。誰とも馴れ合わない。故に最強。そういう時代があったのですよ、彼女には」
「ほぉ」

7 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:04:03 ID:HPQ
「彼女が十歳の頃と聞いています。イタリアの片田舎の小さな村が吸血鬼に襲われ、住民の八割がグール化してしまった。
 グールになった者を直すことはできません。しかし人間はそこまで論理的に物事を割り切れない。突然愛するものがグールになってしまえば、それを切り捨てることなど、できるはずがないのです。
 教会は殲滅部隊を結成して村に送った。……しかし誤算があったのです。その吸血鬼は少し名の知れた吸血鬼───「二十七祖」と呼ばれる強大な力を持つ存在だったのです。急ごしらえの殲滅隊は、あっという間に返り討ちにあった。
 教会はその報告を受けるや否や、ようやく本腰を入れて対策を始めた。……遅い。遅すぎるのです。それでは。
 再び結成された教会選りすぐりの精鋭たちがその村に到着した時、その村に存在する生命は「たった一人」となっていた。
 ……お分かりになりますか? その「たった一人」の人間が彼女なのです。
 再結成された殲滅隊は戦慄したことでしょう。手遅れであることは火を見るより明らかだった。村の外にまで、腐敗臭が漂っていたそうです。町を練り歩き見つけたのは、数えきれないほどの───人間だったものの残滓。
 そんな中で、年端も行かない一人の少女が、熟練の悪魔払いが束になっても敵わない吸血鬼を───無傷で仕留めているなど、誰が想像できたでしょうか?
 かのルードリッヒ・フォン・アーチボルト卿はその身寄りのない少女を保護し、教会本部で可能な限りの英才教育を施した。……数ヶ月もしないうちに、彼女は最強の悪魔狩りとしてこの世に新たな生を受けた。まさに、『悪魔にとっての悪魔』として───」
「───それが、彼女。シスター・クラリスなのです」

8 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:04:20 ID:HPQ
「あっはい、最初から最後までが妄想でしたか?」
「えーもうまるで信じてないじゃん最悪ー。」
 ……一昔前の女子高生みたいな喋り方だな、このオッさん。
「信じるったって……そもそもシスター日本出身ですし」
「あーチクショウそこからかー」

 くっそー、などとまるで中学生のような反応を返す神父様。ああ、間違いなくこの人も変わった人だ。どこのラノベ設定だよそれ。てかよくそんな妄想をペラペラと喋れますねぇ!?

9 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:04:34 ID:HPQ
「……よく練られたお話でした。」
「はっはっは。現役神父が書く伝奇小説とか売れないかなぁと狙っていまして……」
「まずは本業の方をしっかりしていただいた方が……」
「おっとそうですね。それではあなたたちのために祈りましょう。二人の行末に幸あれ。アーメン。」
「適当ですねぇ!?」
「気持ちを込めたから大丈夫! でも今日は本当にありがとう。またネタが溜まった頃にきてください」
「は、はぁ……まぁ、また縁があればよろしくお願いしますね……」

 ……まぁこの神父さんを見て神様を信じるとかそんな気持ちにはとてもなれないが。しかし話していて不快な気持ちがしない。不思議と胸が透(す)く。まるで長い友人と話したかのようだ。神父と言うだけあって、人間的な魅力は確かにあるんだろうなと感じられた。

10 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:04:54 ID:HPQ
 でも、俺の気持ちは最後の言葉に込めたとおりだ。
 また縁があれば。……強くそれを願うわけではないけど、もし運が良ければ。なめらかですべやかで浅はか言葉だ。友人と話したようだと、そう思えた人に対してもこんな気持ちしか抱けないのは、自分でもいかがなものかと思ってしまう。

 だけど、大人になったらそんな約束の数が増えたように思う。……そう言う約束しか、増えていないと思う。記憶としての事実に辟易とするが、影を顔に出さない技術も同時に身についた。悪く言えばずるくなったし、よく言えば円滑にことを運べるようになったんだと自分を評する。

 最後に一礼をして、振り返らず礼拝堂を後にする。後ろから聞こえる鐘の音はありがとうと言う意味なのか、それとも他意があるのだろうか。裏を探るのは疲れるし良い気持ちがしたことはないのだけど、それが自動化されたのもやはりこの仕事に就いてからだ。……確か。

 手元で時間を確認すると、もう30分も経っている。いつの間に、そんな。俺は駆け足で正門に向かった。

11 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:05:15 ID:HPQ
 その後ろ姿を、燃える蒼さを瞳の奥に携える老紳士が終始見つめていた。

「……なるほど、彼がシスター・クラリスの想い人ですか……」
「いろんなことを考える方のようだ。周りとの折衝、その中での自分たちの主張……押し通すべきところは無理にでも押し通し、しかしそれでも最大限相手を立てるような行動が常態化しているのでしょうね……
 シスター・クラリスも似た方に惹かれたものだ……優しくて、誠実で……その中に、心の強さがあって……だからこそ、脆く崩れてしまいそうで……」
「───願わくば。二人のもとに恒久の平穏が訪れるように……」

12 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:06:11 ID:HPQ


 俺が正門に着くと、ちょうどシスターが最後に残った子供に手を振っていた。お姉ちゃん、バイバイと笑いながら母親の手を取り去っていく。その後ろ姿を見送ったあと、彼女は天井に向かってふう、と一息をついた。その呼気に含まれる熱は瞬間に白く霧散していく。

「シスター。すいません、待たせましたか?」
「あっその、いえ、私も今着いたところで……」
「……そうですか。今日はやっぱり冷えますから、これ。……俺ので良ければ」

 俺は鞄から紺色のマフラーを取り出す。……洒落っ気はないが機能重視。そう思って彼女に手渡したところ、彼女は少しばつの悪そうな顔を浮かべる。
 あれ。
 もしかして、何か……気になるところが。

 ……一旦仕事という鎧を捨て去ると、表情を固定するという技術も同時に失われてしまう。わかりやすく動揺した俺を見て彼女もまた両手をぶんぶんと振って否定する。
「えっええと、あの……!その、嫌なわけでは全く、全然、ないのです……!ですが……よろしいのですか?」
 ああ、俺のことを心配してくれてたのか……よかった。危うく心臓が止まるところだった。
「もちろん。シスターが寒そうにしている方が、よっぽど俺の心労が嵩みますよ……まぁ、寒いのは得意でもないんで、早めに行きますか」

13 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:06:38 ID:HPQ
 入り口の階段を三段降りた後、音の少なさが気にかかり後ろを振り返る。彼女はまだ一歩も動いてはいなかった。顔だけがどんどんと赤くなり、どうしたものかと思っていたら、彼女が意を決したように話し出す。
「……あの、プロデューサーさん……! これ、本当はもう少し後でお渡しするつもりだったのですが……!」
「これは……」

 彼女の手に握られていたのは、グレーの落ち着いた印象のマフラー。俺が手渡したやつよりもずっと上等なやつだろう。ぷるぷると、彼女の腕と肩が震えている。
「俺に……で、いいんですよね?」
「は、はい。……受け取って、いただけるでしょうか」
 
 ……受け取らない。そんなことがあるはずがない。なんでこんな喜びを享受せずにいられるだろうか。
「もちろん……というか、俺の方こそこんな……ありがとうございます」

 感謝の言葉が早いか首に巻くのが早いか。マフラーは見た目だけでなく防寒もしっかりしていて、以前のものと暖かさがまるで違う。
「うわぁ、あったかい……! うん、これはいいな……!」
「よ、喜んでいただければ何よりです……」
「いや、これ本当に暖かい……シスター、ありがとうございます……じゃあ俺の方からも、これ……」

 ……タイミングを逃すな、とは多くの先人達が残した金言である。つい先日酔いに酔った部長も同じことを言っていた。昔アイドルをしていた奥さんと結婚したときの話だったが、その辺は涙なしには語れぬ超大作なので割愛することにしよう。
 しかしその精神を発揮する時は今。俺も鞄の奥に準備していたプレゼントを、半ば無理やり彼女の手に握らせる。……品物を差し出して相手が受け取るまで待つなど、そんなことができるほど俺の心は強くない。彼女の心の強さには感服するばかりである。

「……こんないいもの渡された後にちゃちいもので申し訳ないですけど……」
 俺が渡したのは化粧品セット。この日のために番組のメイクさんや他の大人アイドルにリサーチを仕掛け、悩みに悩んで選んだ品物。
 ……料理もそうだけど。自分がいいと思って作ったものや選んだものを、相手が喜んでくれるほど嬉しいことはない。彼女が喜んでくれる姿をイメージして選んだ。でもそれが現実になるかは……どうかな。
 彼女は、喜んでくれるかな。
「……いいえ、そんなこと! プロデューサーさんが、気持ちを込めて送っていただいたものです…… 私に取ってはそれだけで……それに、冬は手も荒れますから。本当に、ありがとうございます」
 ……照れてない。これは違うぞ。嬉しいだけだ。ただ嬉しいだけだ。彼女の喜んでくれた姿が、これ以上なくめちゃくちゃにはちゃめちゃに嬉しいだけだ。それだけだ。
 顔が赤いのも、そのせいだ。口角がによりと上ずったのを隠すため、マフラーに顔を埋める。
「俺の方こそ、喜んでいただけたら幸いです……さ、じゃあちょっと早く交換しちゃいましたけど、そろそろ行きましょうか。」
「は、はい……!」
 ……俺は彼女より一歩二歩先を歩く。せめてこの体の温度が彼女のそれと並ぶまでは。

14 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:07:34 ID:HPQ


 ……美味しかった。この世のものとは思えぬ、とんでもない旨味のエレクトリカル・パレード。いや、もはやスピントロニカル・パレードといっても差し支えないだろう。自由度の高さは多様性に直結する。……あんな料理、自分でも作ってみたいなぁ……

「はぁー美味しかったー。シスターはどうでしたか……って、その表情を見て色々察せましたよ。喜んでくれたみたいで何よりです」
「え!? あ、ええとその、と、とても美味しゅうございましたでございます……!?」
「ははは、あやめみたいな口調になってますよ。」

 よかった。彼女も喜んでくれたみたいだ。……今度同じ料理を作ったら、彼女は今以上に喜んでくれるだろうか。……いかん、いかん。男の嫉妬は見苦しいぞ。深呼吸、深呼吸。

「……今日はもう遅いし、俺も酔い覚ましに歩きたいので送りますよ。ああ、帰りのことは大丈夫! 心配しないでください! 大人ですから!」
「そ、そうですか……? そ、それではお世話になります……」
「はい、お世話するって程のことはありませんけど。……単に、夜風に当たりながら、おしゃべりをしてたいってだけですよ、シスターと。」
 
 ……自分のものとは思えない気障な言葉がぽろりと口をつく。ワインを飲み過ぎただろうか。……少し舞い上がってるな。いかん、いかん。深呼吸、深呼吸。

15 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:07:49 ID:HPQ
「お、お喋りですか……そう言われると、何を話していいのやら……」
「でもさっきの『鷹富士・依田の頂上決戦』は面白かったですね。あの話持ってればどんなバラエティ番組にでも出れますよ」
「あれは本来この世であってはいけないような出来事ですから……佐藤さんの助力が無ければ、この世全ての理(ことわり)がねじ曲がったまま世界が急速に情報爆発を起こすところでしたから……熱力学の法則を曲げるのは一瞬にしなければなりませんね」
「なんかようわかりませんけど字面がもう面白いですよね……俺の方もなんかおもろい話があっただろうか……はて……」

 むむむ、と頭をひねる。やはり飲み過ぎたのだろう、ワインで少し思考の回転も鈍っているようだ。あれと考えたらポンと消え、それと思ったらさっと流れ去ってしまう。自分の中から次の展開を生み出すことはやや時間がかかりそうだ。

16 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:08:20 ID:HPQ
 ───だからふと、隣を見る。
 彼女がいる。
 雪上に、月よりも蒼く輝く白い心の有り様があった。
 彼女がいる。
 胸をとくんと突き上げる熱の移動が引き起こされた。

 
 いっぱいの熟慮を重ねたようなふりをして──その実からっぽの頭で──心の底にそっと置かれた細くねじれた鍵尾(かぎび)に手をかけて、目の前にある扉を開けた。

17 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:08:43 ID:HPQ
「冬って───」
「はい」
「あっすいませんシスター。あんまり面白い話じゃないと思うんですが、今急にパッと思いついちゃったんで、いいですか?」
「ええ。私は、プロデューサーさんがされるお話でしたら、どのようなお話でも。」

 世界に金の髪が揺れ、瞬く間に同期していく。俺は重なる白の由来と行方に意味を求めてぽつぽつと話し始める。

18 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:09:02 ID:HPQ
「……唐突ですけど……子供の頃、『冬』って、雪がたくさん降って、雪合戦をして、雪だるまを作って、かまくらの中でみかんを食べて……とか。俺の中では、そんなイメージだったんですよ」
「そうですね。雪の日という光景は、冬と切っても切り離せない関係にあるのではないかと思います」

「……でも実際、積もるような雪なんて、東京じゃそう降らないじゃないですか。それに、もし本当に降った時は電車が止まるなぁとか、滑って怪我をしたら職場に迷惑をかけちゃうかな、とか。楽しいことってイメージが、いつからか「迷惑」って感じになっちゃったんですよね」

「……夢見ていた景色に、幻滅してしまったということでしょうか……」
「はは。そんな感傷的な話ではなかったんですが……いや、でもそうなのかな。夢のような、といったら大袈裟でしょうけど、でも、頭の中にあった景色は理想化されたモデルケースなんだって気づいたってことは成長なんだとも思うし、でも──」
「……同時に、どこか寂しさを感じてもしまう……」
「……はい」

 ……ざく、ざくと。雪を踏み締める音が響く。

19 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:09:23 ID:HPQ
「……これから先は、どうなのかなって思うことが、たまにあるんです。昔の俺から見れば、20台後半とか30近いなんて言ったらもうおじさんでしたよ。でも、いざ自分がそうなってみるとそんな実感は全くないんですよね。
 ……なら、また40、50と歳を重ねた時。やっぱり俺は、同じことを思うのかなって。今俺が思っている「えらい大人」ってのもきっといないのかもしれないなって。みんなそれぞれ精一杯、手一杯で……頭抱えながら生きてんのかなって」

「子供の頃は、大人になればなんでもできると思ってた。自由もお金も経験もあるし。
 ……あの頃、大人の自分こそが夢でした。
 でも今の俺から見た「大人」はそうじゃないんです。その曲率の存在が、『あの頃思っていた大人』と、『今思っている大人』の決定的な違いなんでしょうね」
「……青写真は現像したらその瞬間に本物ではなくなるって気づいてしまったんです。」

20 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:09:39 ID:HPQ
 ……まとまりのない話だ。彼女が俺の方を見つめているような気がした。でも、今の俺には少しだけ、それが痛い。

「……だれしもが少年少女であった頃と比べると、たくさんの困難を経験し、現実は歪んで見えてしまうものです。夢想していた物語に厳しい現実を突きつけられることもあるかと思います。だからこそ、一般に、少年少女と言う概念を指して無邪気だと言われるのだと思います」

 シスターの言葉は凛としていて。鋭い手触りを持って雪世界に一本線を引く。

21 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:09:51 ID:HPQ
「ですが、私が思うに、それでも子供たちと比較して大人が優(まさ)っていることがあると思うのです。それは、いつどんな世界に住んでいる誰に対しても等しく成り立つことだと思います」
「……それは?」

22 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:10:04 ID:HPQ


「───愛、です」


23 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:10:26 ID:HPQ
 ぽかんと、口が阿呆みたいに開いてしまう。面をくらってしまって、動いていた両足がぱたりと止まる。
 ……開いた口がゆっくりと閉じてきて、ようやく塞がった。冷気にさらされていたのは一瞬なのに、喉の奥が妙に冷えている。絞り出すように、俺は言葉を紡ぐ。

「───愛、ですか」
「はい。もちろん、おっしゃりたいことはわかります。……突拍子も無い話かもしれませんが、よろしいでしょうか」
「ええ、まあ」
 これ以上ない生返事に、彼女はやや重そうにこくりと頷く。

24 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:10:59 ID:HPQ
「……『愛は地球を救う』……そんなフレーズを耳にしたことがあります」
「あれを作ってる人も見ている人も、何人がそれを本気で思っているのかわかりませんけどね……」
「でも、思っていなくても構わないのです。人を救うのは人であり、また神なのですから」
「……なら───」
「ならば、愛は何を救うのか?……愛は、現実を救うのです。世界のテクスチャーを慈しみ、側で見守るような心の持ちよう。それこそが愛なのだと、私は思います」

 ……元々の話題がなんだったのか、見失いそうになる。理想の大人とか、子供は無邪気だとか……ええと、なんだったっけ。そうだ、大人は子供より愛が優(まさ)っていて……とか、そんな話だった。

25 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:11:11 ID:HPQ
「……なかなか難しい話です。仮にそうだとして、大人はどうして子供より愛が優(まさ)っているんですか?」
「『こうあって欲しい』と願った回数が、物理的に、絶対的に、多いからです」

26 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:11:31 ID:HPQ
「───それが叶わなくても、理想を願うことこそが愛だからです。……それが、どんなに小さなものであったとしても。例えば家族だったり友人だったり、職場の同僚だったり。今まさにすれ違った人でも良いのです。
 ある人がどんなに辛く悲しい過去を背負っていたとしても。心が乱れ、張り裂け、逃げ出したいような今を抱えていたとしても。────いつかどこかで誰かが、明るく幸せであって欲しいと祈る心の、それのどこが愛以外の何物であるでしょうか」

「───だから愛は、現実を救うのです。過去も今も、罪も罰も、絶望も後悔もひと呑みにして、未来に夢を抱かせるのですから。……その夢をたくさん見せてきた人を、私たちは「大人」と呼ぶのだと思います」

27 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:11:56 ID:HPQ
 ……正直、何が何やらわからないというのが正直なところだ。
 ワインを飲みすぎた……いや、そんなはずはないのだ。だけど最初から最後まで理解できないことが散らばりすぎている。……そんなフワフワした状態だけど、なんか、ちょっとだけ心が梳かれたような気がする。さすがシスターの面目躍如といったところだろうか。

 でもこのままだとちょっと、ちょっとだけ悔しい。何も言うことができず、ただただ圧倒されるしかない俺がどうにも格好悪い。

「じゃあ」

 だから、少しだけ、少しだけ彼女をからかってみよう。

28 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:12:18 ID:HPQ
「じゃあ、シスターが俺に幸せになって欲しいって思ってることも、愛ってことですか?」

 彼女はぽぅと頬を赤らめるが、いつものような慌てぶりは見せず、毅然と答えた。

29 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:12:32 ID:HPQ
「────いいえ。それは、恋です。」
「──────。」

30 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:13:00 ID:HPQ

 今度こそ俺は何も言えず、ただ顔を赤らめるしかなかった。……見事、鮮やかなカウンターだ。
 彼女は満足そうに微笑み、また街灯が泰然と灯る道をしゃくしゃくと歩き始める。俺は完全にストップした頭を動かすことができず、黙ってその後ろ姿を追いかけた。
 ……横に並んだ瞬間、はし、と掴まれた手の感触を認識してようやく再起動を果たした頭は、しかし何の言の葉を生み出すこともなかった。
 
 その後俺たちは何も話すことなく、音を吸い込んでいく雪の絨毯の上を、二人並んでゆっくりと歩いた。

 寒いのに、それを気にせず。
 熱いのに、それを気にせず。

 指を絡めて、鼓動が伝わる。伝わる温度は散乱される。こんな雪の日に、いったいどこから熱が供給されてきているのだろうと不思議に思った。

31 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:13:34 ID:HPQ


 もう日が変わる頃だというのに女子寮の光は消えていない。それどころか、内部から何やら怪しげな音や歓声・悲鳴が聞こえているような気もするが、俺は女子寮に立ち入ることはできない。至極当たり前のことだが、悲しいような、嬉しいような。

 少し躊躇いがちに、繋いだ手を離す。彼女の方も同じ気持ちでいてくれたのだろうか、名残惜しそうに袖を掴んでから、静かに放す。
 ……何か、すごく大切なことがあった。だけど自分からその話を再度持ち出すのにはどうにも勇気が足りず、しかしなけなしの勇気を振り絞ったとしても、きっと当たり障りのない話しかできないだろう。そんな自分を情けないと独り罵倒しながら、別れの挨拶を切り出す。

「……シスター、今日は本当にありがとうございました。最後、まとまりのない話にも付き合わせてしまって申し訳ない。……このマフラー、すごく暖かいです。大切に使わせてもらいますね」
「はい……私も、頂いた化粧品、大切に使わせていただきます……一回一回、ちゃんとプロデューサーさんのことを思いながら」
 ……その言葉に、思わず咳き込んでしまう。まさかそんな……ねぇ?
「い、いやそこはまぁ、ほら……消耗品ですし、もっと気軽に使ってください」
「ふふっ……冗談、です」
「………………。お茶目になりましたね」
「そう言っていただけると嬉しいです♪ 先日、高垣さんと一緒のお仕事の時に、少しコツを教えていただいたのです」
 
 ……全くあの人は。今度後輩の方から注意しといてもらおう。俺の方からいうのはなんかシャクだ。

32 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:13:48 ID:HPQ
「……じゃあ、お疲れ様でした。寒いですから、暖かくしておやすみください」
「…………はい。それでは」

 お互い、最後の挨拶を済ませる。
 しかし、体はいまだにその向きを保ち続け、今日という日はまだ記憶に関して連続関数だ。

「……ほら。寒いですから、早く中に入って」
「……もう。子供をあやすみたいに……プロデューサーさんも、お気をつけて」

 小さく笑って返事をし、それでようやくベクトルは反転した。一歩、二歩と足を進める。……どうしても後ろが気になり振り向くと、やはり彼女も同じ歩数だけ進んで振り向いたらしい。それが可笑しくて、笑ってしまう。
 こんな、何千日も過ごしてきた代わり映えのしない夜のはずなのに、でもどうしてもそれを終わらせたくないらしい。もう門は閉まった。城の鐘は鳴った。シンデレラの魔法だって解ける時間だ。

33 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:14:02 ID:HPQ

 だから。
 聞こえるはずもない。
 届けるつもりもない。
 唇だけの動きで、「俺もです」と、そう伝える。

34 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:14:16 ID:HPQ

 彼女にそれが届いたかどうかはわからない。もうこの距離では彼女の表情の詳細などわかりようがないからだ。
 ───それこそ、真っ赤になったとか、そういう大域的な情報しかわからない。まったく、さっきは愛とか恋とか、小っ恥ずかしい話題について饒舌だったのに。心の機微というのはとんと分からないものだ。

 空を見上げると相変わらずはらはらと雪が降り続けている。東京の電車はこういった事態には弱いから、きっと家までは歩きになるだろう。タクシーという手もあるが、それを使わなければいけない理由もない。
 
 少しくらい寒くても、少しくらい雪に降られてもいいじゃないか。
 いいじゃないか、そんな大人がいても。
 訳のわからないやる気が俺の胸に飛来する。女子寮から俺の家まで、駅3つ分の距離だ。近いわけではないが、普段の運動不足を考えればこの機会に少しくらい体を動かすのもいいだろう。

 そうしてようやく一歩を踏み出そうとした俺の足が実際に動くことはなかった。

 とん、と腕が背中から腰に回される。

 決して強くはないその束縛ポテンシャルを、俺は振り切れない。散乱状態としての波動関数は無限遠方へと消えていく。そういう終わり方をするはずだったのだが。プロデューサーとしての1日としてはそう悪くない、というか望む限り最高の出来だったと思うが。


 だからここからは、俺という男にとっての話。

35 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:14:38 ID:HPQ


「……シスター。どうしましたか。」
「……プロデューサーさん。私……、今日は、まだ、もう少し、一緒にいたい、です。」

 ───時が止まった、ような気がした。
 背中越しの彼女の顔は見えないけど、きっと真っ赤になっているに違いない。……酔いはもうすっかり覚めてしまった。血が熱い。呼吸が早い。鼓動がどくん、どくんと大きく波打つ。ゼロ距離の今なら、きっとこの鼓動の音も聞かれてしまっているだろう。

 だけど、不思議なくらい頭は冷(さ)えていた。

「……わがままを言っちゃあいけない。サンタさんが来てくれませんよ?」
「プロデューサーさん……」

 ……手に力が入り、俺は一層強く抱きしめられる。ここで全て見ないふりをして誤魔化すのも手だ。むしろプロデューサーとしてはそうあるべきなのかもしれない。だが、それは理想のあり方からは程遠い。今日の反省を踏まえて言えば、「愛がない」。
 だから俺は俺自身を正直に暴露しようと決めた。それで愛想を尽かされようが知ったことではない。ただ、真正面から正直に向き合いたいと思ったのだ。

36 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:14:56 ID:HPQ
「……俺はプロデューサーで、あなたはアイドルです。……あなたの気持ちは本当に、本当に嬉しいけど。
 ……俺の気持ちも、あなたと同じだけど」
「……っ……」
「嬉しいけど……でも……わかって、ください」
「…………」

「…………あなたの気持ちには気づいていた……そこまで言ったら嘘になるかもしれませんが、でも、そうだとしたら男としてこんなに光栄なことはないって、思ってました」

「……それを利用した、というのはある種真実だと思います。きっとあなたはプロデューサーとしての俺のことを信用してくれているだろうし、俺もその信頼に応えたいと思った。だから、両輪はきちんと回っていたと思うんです」

「……でも、そんな最近の話でもないんですが、自分の中で少し違和感があったんです。……いつからだろう。たぶん、あの日給湯室で出会った時から」

「……それをはっきりと自覚したのもいつだったか覚えていません。でもいつだったか、そんな夢を見た気がします。あなたが俺に無邪気に笑いかける、そんな夢みたいな夢を」

37 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:15:14 ID:HPQ
「……俺は。一人の男として、あなたに恋をしてしまったんです。」

「愛なんて生やさしいものじゃない。あなただけを幸せにしたい。自分の手で、叶えられるすべての幸せをあなたに捧げたい。……そういう、強い気持ちです」

「でもね……現実は、そう甘くない。俺はあなたをアイドルとして、偶像として輝かせる責務があって。……いや、もっと汚い言い方をすれば、あなたの商品としての価値を最大限まで高めることが俺の義務だった」

「……プロデューサーというのは、本当に酷い職業なんだと思います。……シンデレラ本人には「魔法をかけた」なんて宣いつつ、その裏では「シンデレラ」という絵本を何とかして売ろうとばかり考えているんですから」

「……シンデレラに恋をしたのは、絵本作家。彼は決して、登場人物にはなれない……なってはいけないんです。だってそんなことしたら読者は興醒めでしょう? ……だから。」

「恋は、現実の前に折れる……情けないけど、でもそれで全部うまくいくんだったら───」

 そこで上半身の力がゆっくりと緩和した。……ゆっくり、彼女の方に振り返る。
 ───空間が切り取られたかのようだった。無限に続く連続的な時空の中で、そこだけが不自然に、歪な形で剥ぎ取られていた。そこではいかなる物理的対象も解析関数にはなり得ない。

38 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:15:28 ID:HPQ
 彼女が涙を流していた。
 当然だろう。だって彼女を傷つけたのは、他でもない俺自身なのだから。
 そんなことは、よくわかっている。
 
 頭が、体が、世界が、ぐわんと回転したかのような錯覚を覚える。反転し、鏡映し、拡大したと思ったらぐぅっと縮まって、ユニタリティなどもはやどこ吹く風である。

39 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:15:49 ID:HPQ
「───全部なんて───」
「? シスター……?」
「全部なんて、上手くいかなくたっていいんです……!」
「─────────。」

「全部なんて、上手くいかなくたっていい……!」
「一つ、ただ一つだけ、あなたが隣にいてくれたら……!」
「あなたのそばにいられるなら……! あなたの横で、同じ時を過ごせるなら……!」
「笑っているあなたの横で、私も笑えるのなら、私はそれで……本当に、本当に、それだけで……!」

 両の瞳の奥からぽろぽろと涙が流れ落ちる。その大粒はやがて線になって落ちて、誰(おれ)の心を溶かす。

「俺は──────。」

 俺は、どうすればいいのだろう。どうすべきなのだろう。何をしなければいけないのか、何をしてはいけないのか。飛ぶように浮かんでは消えていく選択肢を捕捉することすら叶わず、ぼろぼろと自身が崩れ去っていく。

 ───俺は、何をしたいのか。彼女を傷つけ、拒絶し、また明日からアイドルとプロデューサーとして、多くの人に夢と希望を届けたいのか。彼女を受け入れ、愛し、ただの男と女として人知れず生きていきたいのか。

 どちらも可能だ。だからこそ、俺はわからない。どうせなら、何もできないならば楽だった。何もできないなら、考えるまでもないから。だけど今の俺には憧憬(ユメ)と寂忘(イマ)が。そして彼女の人生と運命とが握られている。



 だから、俺は──────俺は。



 ───俺は。

40 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:16:13 ID:HPQ
「………………俺はやっぱり」

41 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:16:24 ID:HPQ
 プロデューサー、なんですよ。

42 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:16:45 ID:HPQ


 刹那。目に浮かぶのは、彼女がそれは美味そうに俺に作った料理を頬張る姿。
 これ以上に幸せなことなどこの世に存在しないと主張するかのような笑顔で。普段は慎ましくしているのに、骨付き肉を大きな口を開けてパクリと一口で飲み込む姿。ナポリタンをチュルリと平らげ、恥ずかしそうにおかわりを要求する姿。

 ───夏の真っ盛り。川とセミの音に囲まれてラムネを飲んだ時や。
 紅葉の中で食べた焼き芋が美味しかったと語ってくれた秋の日。
 こたつに入ってアイスを食べたのが美味しかったと報告してくれた日。

 お腹が空いて一歩も動けないと机に突っ伏す君に、オムライスを作ってあげたとき。
 昼食を食べる間もないほど長丁場だった現場で、隠れてちっちゃな飴玉を手渡した時。
 ちょっと時間切れで腹の虫を鳴らす君の赤く染まる顔を見た時。
 それがどうにも可笑しくて、可愛くて、可能な限りたくさんの品目を揃えたディナーを用意した時。

 ハンバーグに唐揚げ。生姜焼きにとんかつ。たくあんポテトサラダにチーズイン卵かけご飯。鍋にラーメンにしゃぶしゃぶ。ジンギスカンなんて日もあったか。……あの日も、その日も、この日も。どの日も、俺が作ってくれた料理を美味しい、美味しいと言って食べてくれた君がいた。
 
 ワイン香るハヤシライスは罪の味、キノコ香るクリームシチューは罰の味、でしたっけ? いろいろ名言を製造してくれましたね。
 罪深いと言えば、油揚げにチーズ挟んで焼いたやつ、何枚食べましたっけ……その方向の話題なら、わんこ餅はもうやらなくても良いですよね……手持ちがすっからかんになった恐怖の焼き肉大会、なんてのもあったか。

43 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:17:00 ID:HPQ
 事ここに至って、気づくのが遅すぎた。でも、それでも、気づけてよかった。

 俺は、この人が嬉しそうだったらよかったんだ。
 俺は、あなたが幸せそうだったらよかったんだ。


 ────俺はやっぱりどうしたって、君の笑っている顔が見たかったんだ。

44 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:17:20 ID:HPQ


「……シスター」
「……はい」

 彼女の顔は俺の胸に埋まり見えない。息遣いを近くに感じられるように、力一杯抱きしめる。


「……俺はやっぱりプロデューサーで。あなたはアイドルだ」
「……っ……」


「だから」


「……待っていてくれますか。俺の全部を、あなたにあげますから」
「……俺があなたにとって、ただの男になる時まで。あなたがみんなにとって、ただの女になる時まで。
 すごく身勝手でかっこ悪いお願いであることはわかっているつもりです。……でも、伝えなきゃいけないと……違うか。伝えたいと、思ったんです」

「───だから、それまで、待っていてくれますか。」

45 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:17:34 ID:HPQ
 白は溶けて不完全な闇に溺れていく。
 吐息は真空状態を励起させる。
 心音が不思議なほど静かで、大きい。同時に、水の結晶が堕ちる音が聞こえた。
 ───こぼれ落ちる熱いものを奥底に秘めながら空気を吸い込む音が最後に耳に残った。


「……はい……!」
「……いつになるか、わからないんですよ。それでも、いいですか」
「はい……っ!」
「……その時の二人が、どうなっているかわからなくても、ですか……?」
「はいっ……!」
「───どうして、ですか?」
「決まっています。だって───」

46 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:17:51 ID:HPQ


「───私の恋は、愛を手懐けたのですから」

47 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:18:10 ID:HPQ

 ………………………………ダメだろ。
 ダメだ、ダメだ。
 ………………………………ダメだろ、こんなの。
 ……コンチクショウ。こんな、こんなさ。


 こんな瞬間を共に迎えた人を、何があったってどうしたって、愛さないわけがないだろう。


「……シスターにしては珍しく、奥歯が浮いてしまうような台詞ですね」
「ふふっ……いつもの仕返しです。私、プロデューサーさんの前で恥ずかしい思いを何度もしましたから……」
「……それは、シスターがいつもお腹をペコペコにしてるのが悪いんでしょう……?」
「そ、それは……! あなたの顔を見ると……どうしても……その……」
「パブロフの犬、みたいですね」
「……もうっ。そんなんじゃありません……安心、するからですよ?」
「……光栄です」

 とりあえず。
 この問題はこうして一旦幕を閉じた───見方によってはここからが始まりなのかもしれないけど。でも勢いのままそれに足を踏み入れるのには、少しばかり勇気が足りない。まったく、自分でも情けない限りである。

 でも。

 こんなかっこ悪くて、女々しくて、みっともない自分だけど、それでも彼女のために誇ろう。彼女が愛してくれた自分なのだから、そんな自分を愛さなきゃ彼女に失礼じゃないか。
 
大きな声で叫びたい。だから小さな声で、君に告げる。

「ありがとう、クラリスさん……あなたに会えて、本当に良かった。……だからちょっとだけ、待っていてください」

48 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:18:35 ID:HPQ


 愛は現実を救う。どんなに辛いことがあっても夢を見れる。それこそがヒトと言う生き物の源たる救いであり、喜びなのだろう。だからこそ人は何かを愛さずにはいられない。ヒトは人を愛し、世界を愛し、未来を愛するのだろう。そうしていつか───愛から旅立っていく。

 ならば「愛」を愛するものは───愛を救うものはなんなのだろう。生きていく限り爆発的に膨れていく愛を休ませてやれるのはなんなのだろう。形のない欲望に名前をつけて形容してやれるものはなんなのだろう。愛のあり方を祈るものは、なんなのだろう。

 俺は今日それがわかった。というより、知っていたことに気づかされたというべきか。それともやっぱり、改めてそれを認識したという意味で、芽生えたと言い換えてもいいかもしれない。

 ……かなりクサいのは自覚している。だけどあえて言おう。

 それは恋だ。

 愛は現実を救う。そうして救われた現実は、恋を彩る。彩られた恋は、愛に名前をつける。
 偏在する確率分布は一瞬で収縮し、その強度は以前の比ではない。

 ─────────愛をカタチづけるのが、恋なのだ。

49 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:19:13 ID:HPQ
【メインディッシュ:トースト、二枚。】



 ───朝の光はいつもより強く近く、静かに暴力的にまぶたの奥の網膜を刺激する。眉間に寄った皺の数も深さも、やはりいつもよりはっきりと刻まれている。
 時間を確認すると、いつものアラームが鳴る一時間も前だ。自然に目が覚めたにしては体に疲れが溜まっている気がする。こういう時は大抵寝坊なのだというのが経験的な所感であるから、スマートフォンの画面に映し出される時間をにわかに信じることができない。
 枕元の目覚まし時計を確認しようとして、普段(いつも)と今日(いま)の違いが頭の中に呼び起こされる。

「───あ。」

 そうだ。俺たちは昨日、あれから──────。

 寝ぼけた頭にとどめを刺すように、普段俺が夜を越す部屋から小さな寝息が聞こえ、背中にじんわりと汗をかく。
 いや待て、大丈夫だ。
 そのはずだ。
 状況証拠を並べて心を落ち着かせようとするがどうにも動悸が治らない。

 ならばここは四の五の言わず、直接解答を見てしまったほうが早いだろう。回答をチラリと見てヒントを得た後、また改めて自分で考え直せば良い。
 人の無防備な姿を覗くのはあまりいい趣味ではないだろうが、恐る恐る寝室のドアを開ける。

50 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:19:58 ID:HPQ


 紺碧色のシーツに、金の髪が柔らかく滑らかに広がっている。
 薄荷色の掛け布団は肩までしか掛かっておらず、白い肌が見え隠れする。
 薄黄色の朝の光が弱く窓から差し込み、枕元で紅色のペンダントだけがキラキラと光っている。
 俺は白金色の神秘から目を離すことができなかった。

51 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:20:16 ID:HPQ


 ───ピピピ、ピピピと、アラームがけたたましい音を鳴らす。まったくもう少しでもシックな音色ならばいいものの、電子音を切り出したかのような刻刻(ぎざぎざ)のメロディが脳の天辺から胸のあたりまでを一気に貫く。
 やっとのことで我に帰った時、時間は冗談のように消費されていた。

 彼女はアラームが鳴ったというのに一向に目を覚ます気配はない。……彼女が食いしん坊であるのは周知の事実であるが、眠りん坊でもあるとは知らなかった。
 規則的なリズムは乱れることなく、すう、すうと時間(いのち)を刻んでいる。
 ───足が、自然と彼女のもとへと動き出す。
 
 一歩踏み出すごとに彼女の気配が強くなる。
 一歩踏み出すごとに彼女の存在が強くなる。
 一歩踏み出すごとに彼女の意味が強くなる。

 彼女が眠るベッドの端に腰掛け、右手で彼女の髪を手に取る。しかし液体のような金束は、掴んだ側からさらりと溢れてゆく。
 
 一回、二回、同じ行動を繰り返す。何度目かわからなくなった頃で、ようやくその相を転移させた。長い髪の端の方。彼女の顔は朝日に照らされ表情を確認することはできない。でも、きっと美しいのだろう。

 俺はその髪に軽く口づけを落とし、吐息を重ねる。
 この瞬間が永遠ではないと知っているからこそ、強く頭に刻み込むために。
?

52 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:20:36 ID:HPQ
 ───待て。妙だ。
 言いようのない違和感の正体はすぐに判明する。
 
 顔を上げて彼女の表情を覗き込むと、依然として朝陽に包まれ桃色に輝いている。彼女の寝息は深く大きく。こういうのは深呼吸というのだろう。喉元を見ると、ごくりと唾を飲み込む仕草が見られた。

 みるみるうちに桃色は橙色に、そして赤に色づいていく。その変化はまさしく蕾の開花のようであった。

「─────────────ぁぅ─────────────。」

 その漏れ出した声の意味を推し量れない俺ではない。収まっていたはずの背中の汗がまた吹き出してくる。左の頬が不自然に吊り上がったまま表情が硬直する。急速に口が乾くが、まずはそんな諸々の問題よりも何よりも優先すべきことがあるはずだ。

 そう、今は。朝なのだから。

「……………………オハヨウゴザイマス。」

 挨拶はすべての基本だと。ヘレンさんも言っていたから間違いない。

53 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:20:58 ID:HPQ
 ○

 ───気まずい。この気まずさは並大抵のものではない。学生時代友人に好きな人を打ち明け「絶対誰にも言うなよな」と念押ししたら、実はその子は友人の彼女であったことを逆に明かされたときのような気まずさだ。
 人間は感情の限界を迎えるとまったく意味不明の笑いが生じ感情をリセットするのだとそのときわかったものだが、今もまったく同様である。場繋ぎに過ぎない意味不明の会話を、薄ら笑いを貼り付けながら高速でこなし、同時に大急ぎで身支度をしている。

 時間は6時45分。いつもなら起きてから15分といった時間だから特別急ぐ必要もないのだが、精神的に急かされているとそれが行動にも反映するのは人間の性だ。

 ハンガーに突っかかっているワイシャツを一枚、適当に見繕う。俺は出勤だが、彼女は今日丸ごとオフだ。だからゆっくりと朝を過ごして欲しいと思ったのだが───彼女があることに気づいたとき、その幻想は脆くも崩れ去った。

「私、寮に外泊の連絡をしておりません──────」

 なんだ、いいじゃないですか。むしろその方が好都合なのでは? と思った俺は当代きっての今世比肩する者のないとんでもない阿呆であった。
 クリスマスの夜遅くまで食事会をしていたと言うのならば(まだ)理解はできる。

 しかし毎日毎日あんなに楽しみにしている寮の朝ごはんに彼女の姿が見えないのならば───それは。

 それは。

54 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:21:16 ID:HPQ
 彼女が昨日俺と過ごしていたと言うのは(某友人の狼藉により)事務所では半ば公然の秘密と化していた。いや、別にプロデューサーとアイドルが飯を食うぐらい構わないじゃないか……と、今はそんな開き直りはいい。

 そんな彼女が朝帰り。何もなかった(本当に、誓って、俺は何もしなかった!何もだ!)とは言え側から見れば役満である。トぶのは俺の首、だけでは済まないかもしれない。
 後輩の一人が担当アイドルである三船さんと付き合っているけど、あいつは本当何をどうしたらそんな状況を会社に容認させたのだろう。今度何を引き換えにしても聞き出さねばならぬ。しかし繰り返すが今はそんなことなどどうでもいいのだ!
 
 彼女には今シャワーを浴びてもらっている。俺は最低限スマートフォンの充電をして、歯を磨き冷水で顔を洗う。別に冷水である必要はこれっぽっちもなかったのだけど、頭を冷やすと言うダブルミーニングを込めてのことだ。
 ちなみに手が悴む一方、脳は熱を帯びて回転し続けていたので意味は特になかった。二兎を追うもの一兎をも得ずとはこのことだ。

 俺はちひろさんから投げかけられるであろう「お早いですね」と意味深な問いかけを回避すればそれでいいが、とにかく彼女を早く女子寮に返さないといけない。彼女の1日の始まりに朝ごはんを。

 朝飯は……作ってもいいが、彼女の横で俺だけがむしゃむしゃと空腹を満たすのも悪いので、コンビニで適当に見繕えば良いだろう。そんな甘い考えが頭をよぎる。

「いけませんよ。」

 ───特にそんなことを口に出したわけではないのに。シャワーを終え身支度を済ませた彼女がピシャリと俺を制するように言う。

「いけませんよプロデューサーさん。朝ごはんはすべての健康の元。朝ごはんを食べると頭も体も働きますし、何より元気が出ます。適当に済ませてはいけません。」

 ……シャワーを浴びたばかりだと言うのに彼女の髪はもうぴかりと乾いていて。服も昨日と同じものだが皺ひとつなく整えられている。しかし室温と体温との残差から生じる湯気が不思議なくらい艶かしく感じられた。……煩悩退散。

55 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:21:33 ID:HPQ
「でもシスターも帰って朝ごはんを食べるわけでしょう? だから今は食べられないし……俺、シスターの横で一人だけ飯を食うなんて可愛そうなことできませんよ。」

 シスターは少しむぅとした表情を浮かべ、小さくはっきりと手短に答えた。

「ならばトーストだけでも。食卓に座り落ち着いて朝食をとることは習慣にせねばなりませんよ。」

 ……彼女の言葉に少し気圧される。どうやら引き下がりそうもないし、観念して朝食をとることにした。

「……わかりました。簡単ですが、パンを焼いてマーガリン塗って食べます。あと、ミルクをコップ一杯。それでいいですかね?」

「……はい。ゆっくりしてください、と言うのは無理かもしれませんが、それでも焦ってはいけませんよ。」

 ……まるでお母さんみたいなことを言う。彼女が母親になったら、子供にはこう言う叱り方をするのかな───なんて考えたところで、彼女がいそいそと玄関に向かうのが見えた。

「それではプロデューサーさん、お世話になりました───」

「あ、シスター、待って待って。」

56 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:21:49 ID:HPQ
 ……急いでいるのはわかっている。彼女も俺も。矛盾を生むような行動だけど、人の気持ちにコンシステンシーを求める方が間違っている。そういう堅苦しいのは仕事とかだけにしといてくれ。

「……パン、二枚焼きました。……クラリスさんも一枚だったらお腹も膨れないし手早いだろうし……どうですか?」

 彼女は一瞬豆鉄砲に打たれたようにぽかんとしていた。言葉の意味が消化されると、幸せが顔いっぱいに広がり───

「はい。いただきます。」

 と。優しい声がした。
 
 俺はそれが嬉しくて。

 嬉しくてたまらなくて、笑ってしまった。

57 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:22:03 ID:HPQ
【デザート:そして新しい朝へ】



 逆説的ではあるが、白日には夜が似合う。彼彼女の着物こそが夜であると言い換えても良い。そのくらい真夜中に降る雪というのは詩的な存在であって、物語の舞台にも頻繁に用いられるのである。

 そして一足飛びに現在を振り返ってみよう。雲ひとつない青空はただでさえ低い地面の温度を飲み込んでしまいそうだ。遮るもののない光が雪を蒼く輝かせる。上や下はそれで良い。しかし正弦波を余弦波に変換したらその事情は一変する。西も東も右も左も人、人、人の群(うみ)。

 さて、一体この中の何人が本気で神様の存在を信じているだろうか。かくいう俺もその例に漏れないのだが。しかしそれでも鷹富士・依田の両名を間近で見ている分、信心深さが心の箪笥(たんす)の奥の奥の奥に隠れ潜んでいる可能性もなきにしもあらず。つまりないのであるが。

 おわかりになられるとは思うが、俺は別に望んでこの場に来ているわけではない。クリスマスの予定を不意にしてしまった補填のつもりで、友人のムサ男の家でエンドレス人生ゲームに興じていたところを事務所の最古参アイドルであるところの前川女史に呼び出されたのである。

58 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:22:38 ID:HPQ


「もしもし~、前川やけど。わかるやろ? ……そのにゃんみくって呼び方流行ってんのにゃ? いや、発生源はわかってんけど……まあええわ。
 あのさあ、今からみく達初詣いこか~なんて話しとったんやけど、流石に人多いとこに許可なく出かけんのはあかんやん? せやから付き合って欲しいねんけど。……だいじょーぶ、Pチャンが喜ぶお土産も持ってくにゃ。
 ……おっけー? ほんまに!? うっわーPチャンあんがと! じゃ、また後で!」

……などという比較的プライベートの前川さんが強めに現れた電話が届いたのが一時間前。俺とムサ男は二日酔いで立ち上がることを拒否する体を無理くり動かし、電車二本分の距離にある地元では名の知れた神社までやってきた。

「ところでよ」……隣の必要以上に体のデカい男が消え入りそうなくらい小さな声で話しかけてくる。いつもならしゃきっと喋らんかい、とツッコミを入れるところだが生憎そんな元気は(お互い)ない。

「ところでよ。待ち合わせの時間も場所も指定してないのはまずいんでねぇの。見つかんねぇだろ。」
「お前がいれば場所は大丈夫だよ。他の人より頭一個分でかいんだから。時間の方は、まぁ、そうかもしれねぇな。」
「……どーするよ今から2時間後とかだったら。」
「それはまずい。凍える。」
「…………おしくらまんじゅうでもするか?」
「しねぇよ! 何が悲しくて年末年始からアラサーのおっさん二人が二日酔いのままおしくらまんじゅうしなきゃいけねぇんだ! 祈る前とは言っても神様もちったぁ慈悲をくれてもいいんじゃねぇか!?」
「いい案だと思ったのにな……」
「言う前に少しタメがあったから本気で言ってるのは伝わった。でもダメだ。だからこそダメだ。面白すぎてその提案に乗ってしまいかけたのは今年初の後悔だよ。」
「何、また次があるって。」
「後悔に次なんて無い方がいいんだけどなぁ……」
「オイオイ、新年早々ポエマーか? 詩集作って事務所で販売しようぜ。」
「やめろ。その攻撃は俺に効く。」

 などと。大学時代から成長した兆しの見えない会話をこなしつつ、境内の自動販売機で買った缶コーヒーとホットココアで暖をとる。ちなみにココアは彼奴のものだ。なんだそのプチ可愛さアピール。

59 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:23:12 ID:HPQ
「……ん? おい、来たみたいだぞ。おーい前川さん、こっちです。」
「あ、マジ? 良かったぁ……」

 ……以上の経緯から明らかなように。俺は心の準備とか覚悟とか、そう言った備えが一切されていなかったのである。ドラグエで言えばぬののふくすら装備せずに魔物と戦っているようなもんだ。
 その魔物がスライムベスあたりなら対処の方法もあったが。……いや、人間を魔物で例えるのは良くないな。一般的な意味においてもそうだが、それよりもっと。


 なんてったってアイドル。愛しく恋しい、俺の担当アイドル。


 違ったのはその装い。華やかで艶があり、煌びやかでおしとやか。見た目の麗しさは天性のものに加え、色んな人の助けを借りたんだろうと察せられる。所作の美しさは心の美しさと聞くが、その言葉に偽りなし。

60 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:23:39 ID:HPQ
「───シス、たー…………」
「あけましておめでとうございます、プロデューサーさん……」
「…………」

 …………この人には最近、言葉を奪われてばかりだ。感情はその間もずっと走り続けているというのに、それを適切に表すことができない。
 これが隣にいる友人なら言葉が出てこなくても顔で体で、その感情を余すところなく表現するのだろうけれど、残念ながら俺はそこまで心が清らかなわけでもない。恥ずかしげもある。
 なぁ……と助けを求めようと目線を横に向けると、そこいたはずのムサ男は忽然とその姿を消していた。なんでだ。何が起こっているんだ。あんな図体でそんなことを可能にするには、よっぽどの忍者力が必要だと思うのだが……はて。

 だから俺はなんとかして、俺自身の力だけでこの状況に向き合わねばならない。
 日を改めると気持ちも変わる。相対して迫り上がる感情を処理するのにあの時以上の時間がかかってしまうのはしようのないことだ。
 でも、それでも変わらない思いをみせるのが男としての矜恃というやつだろう。かっこ悪いこと続きの俺でも、でもずっとそのままでいるわけでもないのだ。

 何より、まずは不安そうに体を捩らせる彼女を安心させてやらなければ。

「あけまして、おめでとうございますクラリスさん。……振袖、よく似合っています。本当に、お綺麗です。」

61 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:23:52 ID:HPQ


 ───逆説的ではあるが、白日には夜が似合う。それは真実だと思う。
 しかし、ならば、さて。
 その真説とは一体全体どのようなものであろうか。単に命題の逆をとればいいというものでもない。やはりこの点などが、如何ともし難い人生の非数学的事実の一例である。論理のかけらもない、ただ俺の心の内側を吐露するだけの乱暴な言説だけど。言わずにいられない。

 ───雪の蒼さに映うは紅。

62 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:24:04 ID:HPQ


 花の匂いに誘われて。飛ぶ鳥ひと時安らぎを。
 再び彼達は風に乗り。空の月まで飛んでいく。

 ───また、俺と彼女の一年が始まる。

63 :名無しさん@おーぷん 20/02/11(火)23:28:07 ID:HPQ
以上です。書いてて自分だけが盛り上がっちゃってるかなぁと思わないではなかったんですが、そこは勢いで書いてしまいました。書き上がった後自分で読んでめっちゃ恥ずかしい。もうここまで乙女回路全開な作品は書かないのではないか……

今後は幕間的な話を含めて料理メインに戻す予定です。もうちょっとだけ続くんじゃ。よろしければこれからもぜひ。

他には最近こんなものを書いていました(最近の3つです)。
これらも含め、過去作もよろしければぜひ。
よろしくお願いします。

【シャニマス】霧子「もちもち気分です」

【モバマスss】腹ペコシスターの今日の一品;酒鍋

【モバマスss】三船美優「Tail Light」



おーぷん2ちゃんねるに投稿されたスレッドの紹介です

元スレ: 【モバマスss】腹ペコシスターの今日の一品;トースト、二枚。
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1581429662/


[ 2020/02/12 14:55 ] モバマスSS | TB(0) | CM(0)
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