ヘッドライン

【モバマスss】水面の月

1 :名無しさん@おーぷん 19/05/18(土)16:39:21 ID:EMV
水本ゆかりのssです。フルートの音色って独特ですよね。
演奏するもの、私にはとても難しそうに思えるのですが、実際のところはどうなんでしょうか。
よろしければ是非。

最近書いたやつ↓

最近書いたやつ↓

【モバマスss】前川被害者事件簿 その1

【モバマスss】First of all【フレデリカ】

【モバマスss】Topological number

2 :名無しさん@おーぷん 19/05/18(土)16:40:13 ID:EMV


「───ディナーショーのお仕事、ですか…?」
「ああ、まぁ内容は確かにそうなんだがな……場所というか出席者がちょっと特殊で……」
「……?」

苦笑いを浮かべながら、プロデューサーさんがお仕事の依頼を私に提案してくれました。
いつもなら、提案というよりも、お仕事がいただけたことを喜んで報告をしてくださるのに、なぜかその日は、少し困ったように、私に「お願い」を投げかけてきたと、記憶しています。

3 :名無しさん@おーぷん 19/05/18(土)16:40:30 ID:EMV
「実はな…その仕事、政府の外交パーティーなんだ。結構お高いホテルのホールを貸し切って、他の国のお偉いさんを接待するんだと。その一端として、華やかな音楽とパフォーマンスをしてくれってことだ。」

「華やかな音楽、ですか……」

「そう。しかも場所が場所だから、それなりの品格がないといけないからな。適任のアイドルはいないかってことで、専務から直々に仕事が舞い降りてきたんだ。」

「私に、ですか……?」

「いや、そこは俺の判断だ。一番初めに思いついて、そして一番この場にふさわしいと思ったのが、ゆかりだったんだ。俺からもう専務に打診しているけど、専務も悪くないって反応だった。だからあとは、ゆかり自身の気持ちだけ。」

最後の方の言葉は、あまり聞こえませんでした。
プロデューサーさんが、私を信頼してくれて、推薦してくださったということが、なんだか少し嬉しくて、頭がぽうとしてしまって。

4 :名無しさん@おーぷん 19/05/18(土)16:41:03 ID:EMV
「と言っても急な話だし、いつものライブとはワケが違うからな。ゆかりが不安なら断ってもいい、と言われているんだが……」
「いえ、やります。」

色々考えるより前に、言葉が先に出てきました。

「私、やります。プロデューサーさん。よろしくお願いします。」
「……わかった!専務には俺から報告しておく。近いうちに詳細を連絡するよ。今から緊張しすぎないようにな!」

はは、とプロデューサーさんが笑うのに釣られ、私も少し笑ってしまって。
何かを成し遂げたわけでもないのに。これから難しいお仕事が待っているのに。
プロデューサーさんとお話をしているだけで、私は満ち足りた気持ちになるんです。


───これって、何故でしょうね?

5 :名無しさん@おーぷん 19/05/18(土)16:41:17 ID:EMV


「───それはドーナツだね!」
「ドーナツ……でしょうか。」
「ち、違うんじゃないかな……」

お仕事を引き受けてから2週間後。
本番を2週間後に控え、ここ最近は、毎日ボーカルレッスン、ダンスレッスンをこなしています。
そうはいっても、「メロウ・イエロー」などのユニットとしてのお仕事もありますので、充実した、でも少し忙しい毎日を送らせていただいています。

今は、そんな忙しい毎日の、つかの間の休み時間。
法子ちゃんと有香ちゃんと一緒に、プロダクションが経営しているカフェでおしゃべりをしています。

6 :名無しさん@おーぷん 19/05/18(土)16:41:43 ID:EMV

「でもゆかりちゃん、最近ちゃんと休んでますか?私たちと一緒のお仕事もあるし、レッスンもあるし……何より、普段の学校生活もあるし。」
「学校の方は……必ずそちらを優先するようにと、プロデューサーさんから言われていますので、それなりには……ただ、やっぱりレッスンが多いので、家に帰ったらすぐに寝てしまいますね。」
「疲れた時には甘いものだよ。フレンチクルーラーあげる。はい!」
「ありがとうございます、法子ちゃん。」
「ゆかりちゃん、ドーナツそれ3つめだけど大丈夫……?というか法子ちゃんは何個目ですかそれ!?」
「えへへっ今日は久々のゆかゆかとのおしゃべりが楽しみだっただら、いつもより多く食べてもいいって決めてるんだ!」

「「法子ちゃん……」」

有香ちゃんの目が、少し潤んでいるように見えました。私もきっとそうなのかもしれません。
法子ちゃんは私たちの中では一番年下なのに、こうやっていつでも私たちのことを考えてくれます。

7 :名無しさん@おーぷん 19/05/18(土)16:42:02 ID:EMV
有香ちゃんが空手の大会で惜しくも負けてしまった時。本当は悔しいはずなのに、「まだまだです」と笑う有香ちゃんに、今みたいに笑ってドーナツを差し出していました。
涙が溢れてきた有香ちゃんを慰めるわけでもなく、励ますわけでもなく、笑いながら、一緒にドーナツを食べていた法子ちゃんが、どうしてか少し大人びて見えて。
私はその隣にいたけど、何にもできなくて。でも何かしたくて、でもやっぱり何も思いつかなくて。
ただ一緒にいることしかできなかったけど、でも、一緒にその時間を過ごしました。

いくらか時間がたった後、有香ちゃんが絞り出すように発した「ありがとう」の言葉を聞いた時、法子ちゃんが私に向かって笑いかけてくれたことを思い出します。
有香ちゃんが顔を洗いに席を外したとき、いつも元気な法子ちゃんが小さく、息をたくさん含んだ声で「ゆかりちゃんも、ありがとね。」と、ただ一言だけ。
私にはまだあの時のありがとうの意味がわからないけど、帰り道でも有香ちゃんから同じ言葉をもらって。

全部が全部わからなくても、誰かのことを想うことができると。

たぶん、そういったことを私は法子ちゃんから学んだ気がします。

「法子ちゃん、私、もう一つドーナツをいただいてよろしいですか?」
「うん、もちろん!いっぱいあるから、いっぱい食べて!」
「ゆかりちゃん、4つめですが大丈夫ですか……!?」

はい。私も、少し食べすぎかな、と思います。でも、

「この後は、ダンスレッスンがありますし、それに……」
もらったチョコレートドーナツを半分に割って、有香ちゃんに差し出します。

「はんぶんこ、なら。」

有香ちゃんは一瞬あっけにとられた顔をした後、くすりと笑って、差し出したドーナツを手にとって、口に運びます。

甘くて、美味しい。

8 :名無しさん@おーぷん 19/05/18(土)16:42:23 ID:EMV



「ワン、ツー、スリー、フォー。ファイヴ、シックス、セブン、エイト……よし、今日はもうこの辺でいいだろう。本番は明日だったな。休むのも仕事のうちだ。今日この後はゆっくり休んで、本番に備えろ。」
「はぁっ…はぁっ…んっはぁっ……っはい。わかりました。」
「安心しろ。ダンスもボーカルも、一段と高いレベルにまでたどり着いた。」
「ご指導のおかげです……ありがとうございます。」
「いや、私たちトレーナーはあくまで手助けをしているだけにすぎん。実際にこなしたのは水本自身だ。誇るといい。」
「それでも、ありがとうございます……プロデューサーさんも、認めてくださるでしょうか?」
「ん?ああ、それはもちろんだろう。何せ、明日の水本が着る衣装が素晴らしいとかなんとかで、興奮してメールを送ってきたくらいだからな……全く、愛されているよ。」

トレーナーさんの言葉に、?が熱くなります。この火照りはきっと、レッスンで体が熱くなっているからではないと思うのですが、でも、どうしてかはやはりわからないままです。

9 :名無しさん@おーぷん 19/05/18(土)16:42:43 ID:EMV

「そういえば、フルートの方はどうだ?前半はフルートの演奏、後半は水本のソロライブだと聞いているが……」

トレーナーさんの言う通り。今回のディナーショーは、前半と後半のパフォーマンスが異なります。
前半は、フルートの独奏。後半は、私のソロライブ。

「フルートの方も、一生懸命練習しています。暗譜はできていますし、私なりに曲を理解して吹いているつもりですが、まだまだもっと深い表現ができるようになると思いますので……」
「そうか。私達はフルートに関しての指導はできないが、表現となると、歌やダンスとつながることがあるかもしれないな。」
「曲そのものを理解して吹く、と言うことは実践しているつもりですが……」

部分を見れば良い表現だけど、一曲を通してみると、何かが足りない。その何かがわかれば、もっと良くなるはずなのですが……

10 :名無しさん@おーぷん 19/05/18(土)16:42:58 ID:EMV
「持論になるが」
と前置きし、トレーナーさんがゆっくりとした口調で話し始めます。
「表現の目的とは、2種類あると思っている。自分の中の思いを吐き出すという目的が一つ。」
「そしてもう一つは、誰かに届いて欲しいという目的だ。」
「水本、君の表現は、どちらなんだろうな。音楽家としての、アイドルとしての自分を魅せつけるのか、それともファンや会場の人間に何かを届けたいと願うのか。」

似たような言葉はフルートの先生からもなんども言われていますし、トレーナーさんからもこのお言葉を聞くのは初めてのことではありませんでした。でも、今はどうしてか、この言葉が、喉元に引っかかりました。


汗を流したら、プロデューサーさんやちひろさんがいるオフィスに向かいます。
廊下から外を見ると、太陽が南からわずかに西に傾き始めていて。
陽の光を眺めようとしたら、眩しさに目を閉じてしまいました。

少し駆け足で、プロデューサーさんの机に向かいます。

11 :名無しさん@おーぷん 19/05/18(土)16:43:18 ID:EMV


プロデューサーさんの笑っている顔が思い浮かぶ。
私が戸惑っていると、私に声をかけてくれます。
私が踏み出せずにいると、私の手を取ってくれます。
大丈夫。ゆかりならできるさ。
誰に言われるよりも、その言葉が心強く聞こえます。
『だからさ、ゆかり。やりたいようにやってごらん。』

───でも。もし失敗したらと思うと。
お客さんも残念に思うだろうし、プロダクションにも迷惑をかけるし、何より、プロデューサーさんにご迷惑が。

キョトンとした顔が、くしゃりと歪みます。
私のものより大きな手が、私の頭を撫でてくれて───私は前を向くことができません。
でも、何とか前を向いて、目と目を合わせて、声を出します。

───プロデューサー、私───

12 :名無しさん@おーぷん 19/05/18(土)16:43:33 ID:EMV



───り。

声が聞こえます。

─ゆ──り。

安心する声……

───かり。ゆかり。ゆかり。おーい。

ああ、

「プロデューサーさんの声だぁ……」
「お、起きたか、ゆかり。」
「あれ……プロデューサーさん、どうして、私の部屋に?」
「違う違う。まだ寝ぼけているかな。ここはオフィスのソファだよ。」

動かない頭をなんとか働かせて、現状を把握しようと試みます。
重たい瞼をなんとか開けると、目の前にはプロデューサーさんだけが映っていて。
……少し目線を横にずらすと、低い高さの机があって、その上にはフルートとノート、そしてマグカップがありました。
マグカップには、コーヒーが注がれていて、飲みやすいように、でしょうか。少しミルクが入っているみたいです。

「……プロデューサーさんに起こしてもらえるなんて、特別ですね…」
「それは良かった…のか? もう遅いから、今日は送っていくよ。明日は本番だしな。」

……えっ。

「……プロデューサーさん、申し訳ありませんが、今の時間を教えていただけますか?」
「8時23分。もちろん、夜のな。」

思った以上に、寝てしまったようです。最後に、フルートの練習をしておきたかったのですが……

13 :名無しさん@おーぷん 19/05/18(土)16:43:47 ID:EMV
「ま、フルートの方もライブの方もレッスン続きで疲れてただろう。今日みたいな日があっていいさ。しっかり休みな。」
「プロデューサーさん、でも私、後一回だけ、明日の曲を吹いておきたいんです。」
「ん?んー……それは構わないが、帰りが遅くなってしまうぞ。明日の早い時間じゃダメなのか?」

「だめ、です。」

私は少し強い気持ちをプロデューサーさんにぶつけてしまった気がします。
でも、どうしてそんなに強い気持ちになるのでしょう。
プロデューサーさんが言う通り、明日でもよかったはずです。むしろ、直前の確認という意味では、そちらの方がいい気もします。

14 :名無しさん@おーぷん 19/05/18(土)16:43:59 ID:EMV
でも、だめだと感じました。

今、吹かないと。今、形にしないと。今、やらないと。

流れて消えて、もう掴めないような気がしたんです。

15 :名無しさん@おーぷん 19/05/18(土)16:44:19 ID:EMV
「…わかった。ゆかりがそう言うなら、そうなんだろう。」
「すいません、我儘を……」
「こんなの、我儘のうちにも入らないさ。それより、俺も聞かせてもらっていいかな?」
「……? 何を、ですか?」

がくっと言う音が聞こえた気がします。
「いやいや、この流れならわかるだろ、ゆかりの演奏をだよ。 ……そういえば俺、あんまり客側として聞いたことないな、と思ってさ。」

16 :名無しさん@おーぷん 19/05/18(土)16:44:31 ID:EMV

その言葉を聞いて、何かハッとしました。
滝の水が流れ落ちるように激しく、湖に一滴だけ水滴を落としたように静かに。
少し、手が震えました。でも、頭はようやく、すっきりと動いてくれています。

「───はい、お願いします。プロデューサーさん。」

言葉と同時にフルートを構えます。
プロデューサーさんは何故か床に体育座りをして待っていて、そんなプロデューサーさんが可愛くて。
もっと笑って欲しくて。
もっと私を見て欲しくて。

───あなたに届けばいいなぁ。

そんな気持ちを、この夜、形にします。

17 :名無しさん@おーぷん 19/05/18(土)16:45:17 ID:EMV



「緊張してるか、ゆかり?」
「していないといえば、嘘になります……フルートの冷ややかさが、今はありがたいです。」
「……大丈夫だ。昨日聞かせてもらった演奏、すごく良かったよ。あの演奏ができるなら、絶対に大丈夫。ライブの方も、な。」
「……ありがとうございます。まさか幕が開く前に駆けつけてくれるなんて…」
「そんなのプロデューサーなんだから当たり前さ。気にすることじゃない。」
「いえ……プロデューサーさんが会いにきてくれたことが、私にとっては大事なんです。」
「そう言ってもらえるとプロデューサー冥利につきるよ。さ、あと2、3分だ。頑張ってきな。」
「はい………」
「───? どうした?」
「……プロデューサーさん。このイヤリングを、私につけていただけませんか。」
「ん、別にいいけど……これは───月のイヤリング?」
「はい。有香ちゃんと法子ちゃんから、今日の朝にもらったんです。私が、どんな夜でも輝けるようにって……これを、プロデューサーさんに、つけていただきたいんです。」
「ああ、わかったよ。───うん、よく似合っている。かわいいよ。」


すぅと小さく息を飲み、ステージへと歩き出す。
聞いていてください、プロデューサーさん。
私、あなたに届くように、奏でます。歌います。

18 :名無しさん@おーぷん 19/05/18(土)16:45:30 ID:EMV

会場は真紅のカーペットが引かれていて、綺麗なシャンデリアが空を埋め尽くしています。
でも、その場にいない人に───ステージの端で、私を見守ってくれるあなたに。
この想いを届けるために。

19 :名無しさん@おーぷん 19/05/18(土)16:45:41 ID:EMV


少し、私のズルさを告白させてください。
有香ちゃんと法子ちゃんからもらった、このイヤリング。
とても可愛くて、そして美しく輝く二対の小さな月。
私は、始まる一瞬前に、自分でこのイヤリングをつけようかなと思っていました。

でも、プロデューサーさんの声が聞こえて。来てくれたことがわかって、私は。
プロデューサーさんに褒めて欲しくて。かわいいって言ってもらいたくて。自慢、したくて。

───少し、プロデューサーさんに甘えてしまったんです。今日だけ、許してください。

20 :名無しさん@おーぷん 19/05/18(土)16:46:06 ID:EMV


一週間後。

ディナーショーが大成功に終わったご褒美ということで、今日はプロデューサーさんと、デートの約束をしています。
ライブが終わってステージからはけた直後に、「来週、二人でどこか遊びに行かないか」なんて、お誘いを受けてしまいました。
かあっと顔が熱くなるのを感じましたが、そのお誘いは私にとって、これ以上ないほどのご褒美だったので。二つ返事で、承諾しました。

その後聞いた話を整理すると、どうやら有香ちゃんが気を回してくれたようです。
「ゆかりちゃんは今回これまでにないほど気を張り、努力していました!正当な報酬があってしかるべきだと思います!」とプロデューサーさんに掛け合ってくれたみたいです。
有香ちゃん本人に聞いても何のことやら、とお茶を濁されてしまいましたが、法子ちゃんに聞いたので、間違いないと思います。

21 :名無しさん@おーぷん 19/05/18(土)16:46:24 ID:EMV
公園の噴水で、デートの待ち合わせ。
今日は少し明るめのメイクにして、お気に入りのイヤリングをつけて。
朝の9時に集合だと話していたけど、30分も前に着いてしまいました。少し、浮かれているみたいです。
でも、向こうから聞き覚えのある声が聞こえます。私は声の方へと振り返り、走ってくるあなたを視界に捉えると、自然に口元が緩んでしまいます。

22 :名無しさん@おーぷん 19/05/18(土)16:46:37 ID:EMV


空を見上げると、朝だというのに、空には月が出ています。
噴水の真下に溜まった水に、ゆらゆら揺れる月が映っています。
小さな雲が月を隠したと思えば、風が吹いて、また月が現れたり。


緑色の風が、心地よく吹いています。

23 :名無しさん@おーぷん 19/05/18(土)16:49:15 ID:EMV
以上です。
溢れる清楚パワー、わずかでも表現できていたらいいのですが。



おーぷん2ちゃんねるに投稿されたスレッドの紹介です

元スレ: 【モバマスss】水面の月
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1558165161/


[ 2019/05/18 20:55 ] モバマスSS | TB(0) | CM(0)
コメント
コメントの投稿





ページランキング
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://ssbiyori.blog.fc2.com/tb.php/27741-b349fb97