2 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:40:21 ID:
a7s
「そりゃそうかもしんないけど……。ぼく達この動き何日も繰り返してるんだよ?
もうやる必要なんてないと思うんだよ!」
「……今日のレッスンでその何日も繰り返した振り付けをまちがえたのは
どこの誰デスか?りあむさん」
「うわーん!そのことは言わないでくれー!」
「まあまあ、あきらちゃん。その辺にしておこうよ。りあむさんも落ち着いて……」
「うー。あかりちゃんはあきらちゃんと違ってやさしいな……、しゅき」
「ま、自分とあかりちゃんは今日のレッスンではミスなかったデスけどね」
「うがああああああ!!」
「じゃ、先に着替えてますから。行こ、あかりちゃん」
「ちょ、ちょっとあきらちゃん!?りあむさんを置いて先に行かないで!
ああ、りあむさんも落ち着いてください!
……もー!みんなキャラが濃すぎるんごー!」
……みんな仲良く充実した日々を送っています。
3 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:41:06 ID:
a7s
「もー、あきらちゃんはなんでぼくに対してやたら辛辣なの?」
「……りあむさんはSNSに弱すぎるんデスよ。あんな使い方していると見てるこっちがひやひやします。
あんな事してたらいつか炎上しますよ」
「ぼくは炎上してでも目立ちたいから問題ない!」
「#同僚が#馬鹿だ」
私たちが着替え終わってレッスンルームから出ても2人の口争いは続いた。
私がなんとか話題を変えようと話しかける。
「そ、そういえば私たちのデビューが決まったけどどんな衣装や曲になるんだろうね?」
「そうだね、まだ先の話だけど気になるね。自分としては写真映えするような衣装が良いな」
そう。昨日プロデューサーは私たち3人を呼び集め
ユニットでデビューすることが決まったんです。
だから今はレッスンに特に力を入れています。
「デビュー……、デビュー!そうだよ!ついにぼくがオタクどもに
すこられる日が遂に見えてきたんだよ!」
さっきまであきらちゃんにプリプリ怒っていたりあむさんが一転して目を輝かせる。
4 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:41:39 ID:
a7s
「ああ……、今までは夢の中でしか見えなかった光景が見える……。
今までぼくのことを見ようともしなかったオタクどもが、デビューした途端にぼくの追っかけになる!
デビューシングルはバカ売れしてオタク用のグッズもすぐに売り切れ!
そしていよいよぼくの初ライブが始まって――」
「そこでつい失言して一気に炎上するんデスね」
「うわーん!ひどいよあきらちゃん!ぼくだってアイドルがそんなに甘くないのは
知っているけど少しぐらい夢見たいじゃないかー!」
「ふ、2人とも落ち着いてくださーい!」
また始まってしまった2人の口喧嘩。
しかしそれを止めようとする私の心は不思議と悪い気持ではなかった。
どこか大人びているあかりちゃんと子供っぽいところのあるりあむさん。
そんな2人との会話は山形にいたころでは体験できないものだった。
ああ、いつまでも3人で活動できないかな、と最近ではそんなことまで考えてしまう。
いつまでも、3人で――
5 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:41:59 ID:
a7s
「ま、何はともあれ練習はしっかり頑張らないとね」
その考えはあきらちゃんの一声で泡のように消えた。
――『頑張る』
「うえっ……、明日もまたあの動きなのかな……やむ」
「りあむさんは明日こそはミスしないようにしっかり頑張ってくださいね」
――『頑張る』
「そんなこと言ったってあの動きは単調すぎるじゃないかー!
長くやってると何をやってるか分からなくなるし!」
「だからこそのレッスンじゃないデスか……。
頑張ってやっていればできるようになりますよ。」
――『頑張ればできるようになる』?
「うう、やっぱりあきらちゃんは辛辣だ……やむ。
あかりちゃーん!ぼくを慰めて……あかりちゃん?」
――頑張ればできる?なんとかなる?そんなのは挫折を知らないから言えるんだ。
頑張ったってどうにも覆せないことだってこの世の中には――
6 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:42:26 ID:
a7s
「――りちゃん。あかりちゃん!」
「ふぇっ!?」
突然りあむさんから声をかけられる。見渡すとあきらちゃんも心配そうに私を見つめている。
「あの、どうしたんですかりあむさん?」
「どうしたじゃないよ!急に上の空に入っちゃって!」
「もしかしてレッスンルームに忘れ物でもしたの?」
「い、いえそういうわけじゃないんですけど……」
「……もしかしてあかりちゃん何か悩み事でもあるの?」
あきらちゃんの問いかけに私の心臓がどきりと高鳴りはじめるのを感じる。
「そうなの!?もしかしてSNSで炎上してしまったとか……」
「それはりあむさんのことじゃないデスか」
「なんだとー!」
2人が言い争いを始めてしまった。今がチャンスだ。
「あっ、あーそういえば今日は大事な用事があるのを思い出したんご!
というわけで私は先に失礼します!お疲れ、あきらちゃん!りあむさん!」
あかりちゃん!?という声を背にして私は玄関まで一気に駆け抜ける。
玄関に着き後ろから誰も来てないことを確認しほっと安心する。
同時に2人に本当のことを言えなかったことに胸がちくりとする。
「……でもあんなこと言うべきことじゃないよね」
そうだ。あんなのは私が思っているだけのことだ。
あんなものを2人に押し付けてはいけない。
あんなもの……
7 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:43:19 ID:
a7s
あれから数日がたった。2人とも私がいきなり帰ったことを気にしていたけど、
用事があったということを押し通して納得してもらった。
そして今日はいよいよ本格的なダンスのレッスンに入る。
いよいよカワイイダンスが踊れるということで
私たち――特にりあむさんが――は興奮していたんだけど……
「……遅いですね」
「もー!いつになったらダンスのレッスンが始まるのさー!」
いつもは開始時間の5分前には来るトレーナーさんが開始時刻を15分過ぎてもやってこない。
私たちは待ち続けているがりあむさんは爆発寸前だ。
と、その時。
「す、すみません!遅れました~!」
トレーナーさんが姿を現した。
「遅いよ!こっちはもう用意万端で待ってたのに!」
「ご、ごめんなさい!少し準備に手間取っちゃって……」
「……準備?なにかそっちで準備するものでもあったんデスか?」
あきらちゃんが当然の疑問を口にする。
今日は先輩アイドルの踊りを真似して覚えようとトレーナーさんは言っていた。
DVDもテレビモニターもレッスンルームにあるのだから何も用意なんてしなくても良いはずなんだけど……。
8 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:43:54 ID:
a7s
「実は急に決まったんですけどね。今日は特別講師に来てもらうことになったんです!」
『特別講師?』
誰だろう……、と考える間もなく扉の向こうから駆け上がる音が大きくなり勢いよく扉が開かれる。
「す、すいません!遅れました!」
「み、未央……頼むから扉はもう少しゆっくり開けてよ」
「あはは……あのよろしくお願いしますね?」
入ってきた3人の顔を目にして私は驚く。
――そんな、なんで?いやでもあの顔は確かに……。
気が付くと私たち3人は同時に言葉を発していた。
『ニュージェネレーションズ!?』
……そう。このプロダクションの中、いやアイドル界という大きなくくりの中で見ても
最高峰のトップアイドルに君臨するアイドルグループ『ニュージェネレーションズ』
そんな私たちとは文字通り核の違う存在が、今は目の前にいた。
「ちょっとトレーナーちゃん!どういうことなのこれ!?」
明らかに冷静さを欠いているりあむさんがトレーナーさんに詰め寄る。
「お、落ち着いてください!今ちゃんと説明しますから」
トレーナーさんになだめられりあむさんは少し落ち着いたように一歩下がる。
9 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:44:39 ID:
a7s
「本当は今日のレッスンはDVDでまず踊りを見てその動きを真似させようと思っていました。
ですが今日、急にニュージェネレーションズの3人の午後の仕事がキャンセルになったんです」
「どうせオフになっても暇だから、私たちの後輩ちゃんの練習を見ようと
今日は来たってわけ!」
来た経緯を話してもらったが私たちは呆然と立ち尽くしたままでいた。
あまりの急展開に頭が追い付かない。
「ちょっと未央……、3人とも未央の話についていてないよ」
「あ、あはは。いきなりすぎてびっくりしちゃったかな?
そうだ!まずは親睦を深めるために自己紹介しようか!」
茶色の短髪をポリポリかいた女の子が改めて私たちに向き直る。
「知ってるかもしれないけど私は本田未央!ニュージェネレーションズのリーダーやってます!
今日はいきなり来ちゃったけどわからないことは何でも聞いてね☆」
じゃあ次に……、と未央さんが振ると長く綺麗に整った黒髪をもつ少女がため息を吐きながら話し始める。
「……渋谷凛。アイドルとしてはまあまあ長くやってるよ。その、よろしく」
「ちなみにしぶりんは実家が花屋で愛犬もいるんだよ~」
「ちょっと!余計なことは言わなくていいから……」
「ごめんごめん。じゃあ最後に……」
スッと左側にサイドテールを作った少女が一歩前に出る。
「島村卯月です!今日は精一杯頑張りますのでよろしくお願いしますね!」
……頑張るという言葉に一瞬だけ反応しそうになるがすんでこらえる。
それにしてもこれがあのニュージェネレーションズか……すごいなあ。
ぱっと見では私たちとそこまで変わらないけど
一度ステージに出るとまるで魔法のかかったようにシンデレラになるのだ。
……とても私なんかにはできないなあ
10 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:45:09 ID:
a7s
「えーっと、それじゃあ次に君たちの名前を聞こうか!」
未央さんが私たちに自己紹介をするように促す。
「は、はい。辻野あかりです!きょ、今日はよろしくお願いします!」
「……あー、砂塚あきらデス。その、よろしくお願いします」
私とあきらちゃんが自己紹介を済ませるがりあむさんは無言のままだ。
首を傾けて横に目を見やると未だにりあむさんは呆然と立っている。
それどころか手が少し震えている……?
「りあむさん、りあむさん。大丈夫ですか?」
「――あぇ?……ぁ、あの……、ゆ、夢見りあむだー!新人だからってなめるなよー!」
「ちょっ、りあむさん!?」
流石にそれは失礼じゃ……!?
しかし目の前の3人は怒るどころかむしろ笑い、
「あははは!元気がいいね。うむうむ、アイドルはそれくらい元気がなくちゃね☆」
「ふふっ、短い時間だけど今日はよろしくね」
「私たちも精一杯頑張りますからね!」
11 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:45:40 ID:
a7s
――こうしてレッスンはスタートした。
トレーナーさんはニュージェネレーションズのみなさんにレッスンを任せて部屋を出たので
今日のレッスンは完全にニュージェネレーションズの指導です。
――「そこの振り付けはもっと手を伸ばしてください!」「は、はい!」
――「そこ少し遅れてるよ」「……ああー、そうなってますか」
――「体のバランスが崩れちゃってるよ!」「や……やむ」
なんとなくわかってはいたがニュージェネレーションズの指導は中々厳しい。
私たちは卯月さんたちの踊りを真似しようとしているはずなのだが
やはりまだまだ細かいところまではできていない。
なんとか踊ろうと私たちは必死に踊り続けた。
「――うん。とりあえずここで休憩しよっか!」
未央さんの号令で休憩が宣言されると私たちは一斉に床にへたり込んでしまった。
小鹿のような足を動かし、なんとか休憩場所までたどり着く。
「……な、なんだこの踊り……。こ、こんなのぼくたちが完璧に踊れるわけないよ……やむ」
そうつぶやくりあむさんにドリンクを飲みながらあきらちゃんが話す。
「……少し前まではすぐにダンス踊りたいって言ってたじゃないデスか」
「あ、あれはこんなに難しいとはおもってもなかったんだよー!
辛いことには蓋をしてしまうのがぼくのポリシーなのに―!」
すっかりいつもの雰囲気に戻ったりあむさんに思わず笑顔をこぼしてしまう。
するとそこにニュージェネレーションズの3人が寄ってきた。
12 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:46:14 ID:
a7s
「うんうん。やむちゃんはよくやってるよ!もちろんあかりんごもあきあきもね。
休憩が終わったらもっと張り切っていくぞー!」
「も、もっと……?これ以上とかぼくの体がぐつぐつになって
溶けちゃうよ……やむ」
「ちょ、ちょっと?倒れこんじゃったけど大丈夫なの?」
「あー大丈夫デスよ。またすぐに復活しますから」
「ちょっと―!なんで誰も心配がらないのさー!」
「ほら」
そんな会話を聞いていると卯月さんから話しかけられた。
「お疲れ様です。やっぱり大変ですか?」
「そうですね。やっぱり先輩たちの踊りを真似して覚えるのは大変ですね。
どうしても必死についていくだけになっちゃいますから……」
「そうですか。私も新人の頃は一つのダンスを覚えるのにも苦労したからな……」
新人アイドル時代の頃を思い返しているのか
卯月さんは笑顔のまま話し続ける。
13 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:46:54 ID:
a7s
「養成所にいたころ私には取り柄なんてないってずっと思っていました。
私にできることは笑顔とレッスンだけって。
だからこそ自分だけの何かを得ようと思って頑張ろうと思ったんです。いくら大変でも頑張れば何かできるかもって」
……頑張る、か。この先輩はどうもこの言葉にこだわりがあるらしく
何度もその言葉を口にしていた。
確かにその思いは本当だと思う。決意は確かだとわかる。
だけど――
「だからあかりちゃん。後半も一緒に頑張りましょうね!」
私はその言葉に、
「……」
返すことができなかった。
「あ、あかりちゃん。どうしたんですか?もしかして具合が悪いとか……」
「……卯月さん」
「はい?」
「卯月さんは頑張れば報われる、そう思っていますか」
私は衝動を抑えきれないままつい聞いてしまっていた。
――ダメだそんなことを聞いてなんになる。
そんな気持ちはこの時消えてしまっていた。
「え、えっと……はい。頑張ることはとっても良いことですから!頑張りはきっと報われるものだと、私は思っています」
――『頑張りはきっと報われる』
14 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:47:34 ID:
a7s
「……そんなわけないです」
「えっ?」
「頑張ればきっと報われる?そんなわけないじゃないですか。いくら頑張ったって報われないことなんてこの世の中にはいっぱいあるんですよ」
口火をきってしまったからにはもう、止まらない。
「あ、あかりちゃん?」
「やればできる、頑張ればできる。そんなのなんの慰めにもならないんです。本当にどうしようもないときは」
「あかりちゃん落ち着いて――」
「うるさい!」
叫び声が部屋中に響き渡る。
「卯月さんは挫折なんてしたことないからそんなことが言えるんです!私は見たことがある!頑張っても、なんとかしようとしても、それでもどうにもならないことを!そう。頑張ったって、頑張ったって……」
暫くしてはっと我に返ると皆が私のことを見ていた。みんな驚きと困惑を隠せないようだった。
わ、私は一体何を!――
「あ、あかり……。その、どうしたの?」
「っ!」
声をかけられた瞬間、私は一目散に扉に向かいレッスンルームを飛び出した。
走る。走る。走る。今はとにかく逃げることしか考えられなかった。
みんなに会いたくない。声をかけてほしくない。
15 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:48:03 ID:
a7s
「はあ、はあ、はあ……」
しかしそんな思いとは裏腹に、さっきまでのレッスンで苛め抜かれた足では
到底長く走ることなどできずにレッスンルームとはそう離れていない踊り場の前で足が止まってしまった。
思いをみんなに話せない。逃げることさえできない。
何も、できない。
「……あは。また逃げちゃったなあ」
そうだ。この前も2人に思いを伝えることができずに逃げてしまった。そして今日も。
知らず知らずのうちに私は本当の想いから逃げてしまっていた。
だってこの想いは醜いものだから。
こんなことを話してしまえばみんな私を見放すと思ったから。
――ポタッ
――ポタ、ポタッ
「あ、あれおかしいな。もう汗なんかかいてないのに……なんでかな?」
溢れ出る涙を私は止めることができずにいた。
16 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:48:24 ID:
a7s
その時、
「……あかりちゃん」
不意に頭上から声がした。あふれる涙を拭い見上げると、
そこには私が叫んでしまった相手、卯月さんがいた。
「……う、卯月さん。そのさっきはすいません。
あは♪なんだかさっきは少し頭に血がのぼっちゃったみたいで!
先輩にあんなこと言うなんて私どうかしてましたね!」
「……あかりちゃん」
「さ、戻りましょう。大丈夫です!ちゃんと練習はバッチリ――」
「あかりちゃん」
すぐにレッスンルームに帰ろうとする私に卯月さんは凛とした声で私に呼び掛けた。
向き直るとそこにはいつもの笑顔はなくどこか不安げな顔で。
「あかりちゃん。さっきの『頑張る』についてのお話もう少しきかせてくれませんか?」
「……」
「あかりちゃんのさっきの表情、怒りと悲しみがまじりあっていました。
そう、怒っているはずなのに、とても悲しそうな……。
……今の私にはなんであかりちゃんがそんな表情をしていたのか分かりません。
でもお話を聞くなら私にだってできます」
卯月さんはしゃべり終えてもなお私の顔を見つめる。
……私は。
「……わかり、ました。話します。すべて」
「……うん。ありがとう」
17 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:49:09 ID:
a7s
私たちは近くのソファーに腰を掛けて話し始める。
「……最初に卯月さんに話すことがあるんです」
「はい」
「私」
――頑張るのって苦手なんですよね
一瞬その場は時が止まったかのように静寂に包まれる。
しかしすぐに時計の針は動き出す。
「苦手……ですか?」
「はい。……別に嫌いってわけではないんです。頑張らなきゃいけないことってありますから。
ただ、頑張ってもいつも報われるとは限らないじゃないですか。
いくら頑張ったところでその努力が泡と化すことだってある。
……だから私は頑張ることって苦手なんです」
そう言った私に、しかし卯月さんは未だに目線を放そうとしない。
「……どうして、そう思うようになったんですか?」
……それは思い出したくないことだ。あのことを思い出すと
いつも体の震えが止まらなくなってしまう。
怖い。つらい。もう、思い出したくない。
いつの間にか全身が震えてしまった私を卯月さんはそっと抱きしめる。
「……あかりちゃんが話せないなら話さなくてもいいです。
……ただ、私は絶対にあかりちゃんの味方になりますから」
そう話す卯月さんはまるでお母ちゃんのように優しくあたたかかった。
……正直に言うならこのまま甘えて嫌な記憶から逃げてしまいたい。
でも、だからこそ。
「……いえ」
私は卯月さんからスッと離れる。
「ちゃんと話します。このことはこのまま胸の中にしまい込んじゃいけないですから」
卯月さんはほんの少し笑顔を浮かばせた。
――私の長い昔語りが始まる。
18 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:49:40 ID:
a7s
「私、実家が山形にあってりんご農家をしているんです。
そこでは毎年のように大量のリンゴを収穫して、全国に出荷してるんです。
もちろん一部のりんごは家に残りますから家族みんなで食べます。
そのまま食べたり、アップルパイにしたり、ジュースにしたり……
私にとってりんごは単なる特産品ではなく、もう一つの家族みたいなものです」
「……あかりちゃんはりんごが本当に大好きなんですね」
「はい!それはもう……」
一度言葉を切る。涙を流さないように歯を食いしばる。
「……小学生の時です。ある日学校から帰ると親が難しい顔をして話してました。
『台風がもう少しで来る、今回のはこっちにも直撃するかもしれない』と」
「!」
「……山形にはあまり台風が来ないんですが、当時運悪く山形の方へ北上していき
かなり強い台風が来てしまったんです。
当然家族は大慌てで、少しでも台風が弱まることを祈っていました。
……でも当時の私はそんなことは気にもしていませんでした。
むしろこっちにはあまり来ない台風で休校になるであろうことにワクワクしてたくらいです」
「結局台風はそのまま山形に来て学校は休校。私はウキウキしながらその日は寝ました。
……次の日の朝。私は目の前の光景が信じられませんでした。
きのうまでたしかに木々を飾っていた赤いりんごはそのほとんどが地面に落ちていました。
私は耐え切れずに大声で両親に話しかけました。なんでりんごがあんなに落ちてるのと。
両親は重苦しい顔で昨日の台風でみんな飛んでしまったとだけ話しました。
なおも泣きじゃくる私に、両親はこれが自然なんだと話してくれました」
「……あかりちゃん」
19 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:50:10 ID:
a7s
「……後で知ったことなんですけど、私の生まれる前には、青森にも大きな台風が
やってきて、多くのりんごがダメになったらしいです。
山形でもダメ、ライバルの青森でもダメ。
どう頑張っても抗えない存在を、私はあの時初めて知ったんです」
次第に目の前がぼやけてくる。あれだけ泣かないように力を入れていたのに
効果はなかったみたいだ。
「だからっ、私は、頑張るのがっ、苦手なんです。
あの時みたいにっ、全てが、水の泡と化すかもしれないからっ」
「あかりちゃん!!」
ボロボロと涙を流しそうとする前に卯月さんは胸に私の顔をうずくませる。
「あかりちゃんごめんなさい、こんなに辛いことを話してくれて。
こんなことを一人で抱きかかえていて……辛かったよね」
「う、ん」
「私、知らなかった。頑張って積み重ねてきたものがある日いきなり
消え去ってなくなってしまうってこと。
……あかりちゃんが、そんな経験をしたことも」
いつの間にか卯月さんの声も少し湿ったようになっていた。
「……それでも。あかりちゃんには、やっぱり頑張るってことから逃げないでほしいんだ。
難しいのはわかってる。でも頑張ることは決して良くないことだけでなく
希望を見出す方法の一つだから」
「そう、です、よね」
卯月さんの言うことはよくわかっていた。
頑張ることは決して悪いことばかり起こるものではない、なんて。
でもどうしても、その一歩を踏み出すことが出来なかった。
また何もなくなると思ったから。あの日の光景を思い出すから。
20 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:50:40 ID:
a7s
そんな臆病な私に思いがけない声が飛んできた。
「……そんなに悩んでたんだね、あかりちゃん」
「うわーん!あかりちゃーん!」
「あきら、ちゃん?りあむ、さん……、それに、みなさんも」
レッスンルームに残っていたはずの4人がこの場に全員揃っていた。
みんなうっすらと目を赤くしていた。
「ふぇ!?どうしてみんないるんですか?」
「どうしてって、そりゃしまむー……あんな血相を変えて飛び出した後輩を放っておけると思う?」
「……後ろでこそこそ聞くのはダメかと思ったんだけどね。
あそこで姿を現したら話してもらえないと思ってずっと黙ってたんだ」
そう話すニュージェネレーションズの3人には目もくれず、
あきらちゃんとりあむさんが私に飛びつく。
「……ごめんなさい、あきらちゃん。りあむさん。私――」
「謝るのはこっちの方だよ!本当に……チームメイトがこんなに悩んでるのに
全く気が付かないなんて……、自分どうかしてるな」
「ぼくなんかいつもぼくのことしか考えずに……、周りの状況をみてなかったぼくなんてー!」
「ふ、2人とも落ち着いてください!」
2人とも落ち着いてない様子で、りあむさんに至ってはわんわんと泣いてしまっていた。
私はなんとか二人を落ち着かせて話し始める。
21 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:51:00 ID:
a7s
「……私、怖かったんです。このことを二人に話してしまったら
私のことを軽蔑するんじゃないかって。
……私から、離れるんじゃないかって」
「そんなわけないじゃん!どんな考えを持ってたとしてもあかりちゃんはあかりちゃん。
自分たちはそんなことくらいわかってるよ」
あきらちゃんがすぐに私の言葉に返してくれる。
「つらかったろう、苦しかったろう。
これからはあかりちゃんが頑張ることはぼくたちみんなで頑張ることにするからね!」
「……そうデスね。これからはどんなことも一緒に共有してこの3人で一致団結して頑張るようにしましょう。
どんなにつらくても、苦しくても、泣きそうになっても。
そう、みんなで一緒に」
「そっ、そんなの!」
そんなのあまりに2人には重荷じゃないか。
こんな私の想いなんて2人に背負わせるわけには――
「……あかりちゃん。自分たちはまだ出会ってからそこまでたってはないけど、
それでもすでに信頼しあえる仲だと思ってた。
そんな大切な子を放ってなんておけない。そんなこと、できるわけがない。
……だから、頑張ることが苦手だっていうならその思いを自分たちに共有させてくれないかな?」
「……そりゃあ、ぼくだって頑張るのは嫌だよ。
頑張ってもどうにもならないこともある。
できなさすぎて逃げ出してしまいたくなることもある。
でも、そんなぼくでも、大切な仲間がぼくよりもずっと頑張るのが苦手なら……。
ぼくだって頑張ってやる!一緒になってやってやるんだ!」
22 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:51:40 ID:
a7s
……知らなかった。2人までそんなことを考えていたなんて。
ずっと思っていた。頑張ることなんて一人でしかできないと。
ずっと思っていた。頑張りが報われないとき、支えてくれる人なんて誰もいないんだと。
……でも、それでも。
誰かが一緒に頑張ってくれるなら。いくら報われなくても誰かが隣にいるなら。
「……あきらちゃん。りあむさん」
2人は私の顔を見つめる。
「私は弱い子です。頑張るってことが苦手です。
どうしても頑張らないといけないことは、自分を無理に暗示しないとできないような……
そんな弱い子なんです。
……それでも、私と一緒に頑張ってくれますか?」
2人は顔を明るくさせると私の手を握りながら異口同音に、
『もちろん!』
といった。
――考えてみれば、こんなことは簡単な話だったんだ。
りんごだって自力でできるものじゃない。
父ちゃんやお母ちゃん、収穫の時に来てくれるアルバイトのみんな……
いろんな人に支えられて、みんなの頑張りのおかげで出来上がるものなんだ。
なら、私だって。
23 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:51:53 ID:
a7s
「あー、おっほん」
未央さんの咳払いでふっと我に返ると、
私はすぐに振り返って頭を下げる。
「す、すいません!せっかくわざわざ来てくれたのに
私のせいで練習時間をつぶしてしまって……」
「そんなこと気にしなくていいよ!あかりちゃんを追い詰めちゃったのは私たちの責任でもあるし。
それに……練習よりも大切なこと、あかりんごは見つけたんじゃないかな?」
「……気がついてあげられなくてごめんね、あかり。
これからは私ももっと周りを見て、一緒に頑張ってあげるから」
2人が優しく話しかけると、未央さんは一転して先ほどまでのように元気よく話しかける。
「さーてと!ほんのちょっとだけ遅れちゃったけどまた練習しよっか!
あ、でもその前に」
と言うと未央さんは手をグッと前に差し伸べる。
凛さんはやれやれとでも言いたげそうに、
あきらちゃんは少しだけ笑いながら、
りあむさんは「ぼ、ぼく円陣なんてやったこと……」とボソッと呟きながら、
それぞれ手を重ねる。
その上に手を重ねようとする卯月さんが不意に振り返る。
「あかりちゃん。」
「はい」
「――あなたは、頑張れますか?」
「……はい!!」
卯月さんも、私も、手を重ねる。
「よーし、それじゃあいい?
6人全員一丸となって頑張っていくぞー!ファイト―!」
『オー!!』
24 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:52:11 ID:
a7s
「あっ、ニュージェネレーションズのみなさんがテレビに出てますよ!」
「……やっぱりすごいデスね。練習で間近で見た時も思いましたけど
改めてテレビで見ても。やっぱり今はレベルが違うな」
「くそぅ!いつか絶対に追いついてやるからなー!」
……ニュージェネレーションズが私たちのレッスンに来てから1週間がたちました。
あの後未央さんから「せっかくだから連絡先交換しようよ!」
と提案されて電話番号やメール、ラインまでそれぞれ教えあいました。
ニュージェネレーションズのみなさんは忙しいのであまり連絡が取りあえるわけではないですが、
それでも一緒に話せるときはアイドルのお話だけでなく
普通のプライベートのお話しもしあっています。
そして私たち3人は――
「そう言えばあかりちゃん。昨日のレッスンで何か難しいところとかなかった?」
「えっと、サビに入る前の最後のメロディーでいつも音を外してるかな。
どうしてもあそこは前の音につられちゃって半音下がってるみたい」
「あそこはぼくも毎回外してたからね!つまりあそこはあんな音程にしたのが悪いんだから
むしろ僕たちの外れをそのまま良いことにする――」
「のは論外デスので、どうしたら外さないようにするか考えましょうか」
私たちはレッスンが終わった後、どこが上手く出来なかったのか
それぞれ言い合うように決めました。
各々が1人で悩みを抱えるのではなく、
3人が一緒になって悩みを解決できるように知恵を出し合う。
3人でも難しそうなことであればニュージェネレーションズの3人からも力を借りる。
――『一人でなくみんなで頑張る』
一週間前に決めたこの公約を忘れないように。私たちはこの話し合いを続けています。
25 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:52:53 ID:
a7s
「そうだ!そういえば今日ぼくこのグループの名前考えてきたんだった!」
「えっ、そうなんですか?私りあむさんの考えた名前聞きたいです!」
「いきなりデスね。まだデビューまでは時間ありますよね」
「ふふん。pサマが言ってた仮称の『ネクストニューカマー』って
どこのグループの仮称にも使われているらしいんだよ。
だからこのぼくが正式名称を考えてきたってわけさ!」
りあむさんはいつも持ってきているカバンから1枚の紙を取り出す。
「よし。それではお見せしよう……。ぼくの考えた名前はこれだ!!」
『#やむんご』
26 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:53:16 ID:
a7s
私とあきらちゃんはポカンとしてしまった。
「#やむ……んご?」
「そうそう!#やむんご!
『#』はあきらちゃんのよく使うツイッターのハッシュタグこと。
『やむ』と『んご』はそれぞれぼくとあきらちゃんの口癖。
3人のことをたった5語で表した名前!どうよ!」
私とあきらちゃんは黙ったままだったけど、
しばらくしてあきらちゃんは深々とため息を吐きながら、
「却下で」
「な、なんでさー!?」
「当たり前じゃないデスか!なんデスか、そのバカっぽい名前!
だいたい自分なんて一文字しかいないじゃない!」
「そ、それは……。あ、あかりちゃんはいいと思うよね!ね!!」
「あ、あは♪私もちょっと……」
「うわーん!誰もぼくに味方してくれないよー!」
泣き叫んでいるりあむさんについ少しだけ笑ってしまう。
……正直に言うと未だに頑張ることは苦手だ。
いくらみんなで頑張ったとしても乗り越えられないこともある。
私の悩みをみんなに背負わせてしまったことへの後悔も未だにある。
それでも、私は。
27 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:53:32 ID:
a7s
泣き叫んでいるりあむさんについ少しだけ笑ってしまう。
……正直に言うと未だに頑張ることは苦手だ。
いくらみんなで頑張ったとしても乗り越えられないこともある。
私の悩みをみんなに背負わせてしまったことへの後悔も未だにある。
それでも、私は。
「……あかりちゃん?」
「……ううん、大丈夫です。あの、2人とも。私……」
私は立ち上がって2人の顔を見る。
最高の笑顔を作って。
「私、今日は……精一杯頑張りますからね!」
28 :
名無しさん@おーぷん 平成31年 04/10(水)09:53:55 ID:
a7s
おわりです。
おーぷん2ちゃんねるに投稿されたスレッドの紹介です
元スレ:
辻野あかり「頑張るのって苦手なんですよね」
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1554856795/