2 :
名無しさん@おーぷん 2019/01/16(水)00:38:43 ID:
Dtn
「返り血でナイフが滑り、次第に右手だけではナイフを支えられなくなりました。私は着ていた服で手に着いた血を拭い、これ以上滑らないように柄に服を巻き付け滑り止めにしました」
右手を白くなるまでギュッと握って彼女は続ける。
「その頃にはあの人も抵抗を示さなくなってはいたのですが、私はそれでもナイフを突き立てるのをやめられませんでした」
どうして? それだけが俺の頭の中をぐるぐると駆け巡っている。どうして彼女は人を殺さなくてはいけなかったのか。どうして彼女は俺に懺悔しているのか。
徐々に早口になる彼女の懺悔に脳の処理が追いつかなくってくる。耳には入っているのに、彼女の言葉の意味を理解できない。いや、脳が理解するのを拒否している。
「な、なぁ……」
「なんでしょうか?」
油断すると声が震えてしまうのを、何とか理性で押さえつけようやく彼女に質問する機会を手に入れた。
「どうして……なんだ?」
だけど俺にできた質問はその一言だけ。色々な意味を含んだ『どうして』と言う一言だけ。
3 :
名無しさん@おーぷん 2019/01/16(水)00:38:59 ID:
Dtn
「……先ほども申し上げた通り、私にもわかりません」
そういう彼女の顔にはアイドルの時に見せる優しい笑顔が浮かんでいた。教会で子供達に接する時にも見せる優しい笑顔。シスタークラリスが見せる慈愛の笑顔だった。
「クラリス……今からでも遅くない。自首しよう。ちゃんと罪を償うんだ」
きっと俺が言いたい事はこんな事でないのだろうが、あまりにも衝撃的な告白に脳が機能停止してしまっている。もっと言わなければならない事は沢山あるのに、つい口から出たのはそんな当たり前の事。
「……それはできません」
「どうして……!?」
彼女の言葉に語気が荒くなる。誰にだってやり直す機会は与えられるべきだ。
「プロデューサー様は優しいのですね。ですが私は神の下に善良である修道女でありながらその罪を隠し、神を欺いてきたのです。許しを得る機会はもうありません」
4 :
名無しさん@おーぷん 2019/01/16(水)00:39:55 ID:
Dtn
彼女は俺に一歩近づくと、服の下に隠していたであろうナイフを差し出した。そのナイフには赤黒い血がべったりとついており、先ほどの彼女の言葉が本当だと物語っていた。
「これはあの時に使ったものです。私の罪の証。拭う事の出来ない血が今も私を苛んでいるのです」
彼女の差し出したナイフを見て息を飲んでしまった。ゴクリと言う音が響き渡る。
「プロデューサー様。どうかお願いです」
彼女はナイフを俺に握らせると膝をつき、手を胸の前に組んでこう言った。
「私を殺してください」
教会は静寂に包まれていた。俺も彼女も声どころか物音一つ立てられなかった。月明りの照らす教会で美しいシスターが祈りを捧げている。傍から見ればさぞ美しい光景かも知れない。だが、これは決して祈りなんかではなかった。
「……どうして」
沈黙を破ったのは彼女ではなく俺だった。もう何度も言った言葉を、『どうして』の単語だけやっとの事で捻りだした。
「……私はシスターとして神に仕えています。ですが、私が祈る神はとても残酷でした。救いを求めて与えてはくれず、かと言って奪ってもくれない。本当は居ないのではないかと錯覚してしまいそうです」
祈りを捧げたまま彼女は俺の問に答えてくれようとした。閉じられた瞳はそのままに、目には見えない神を見ているのかもしれない。
5 :
名無しさん@おーぷん 2019/01/16(水)00:40:28 ID:
Dtn
「ですが、神はいらっしゃったのです。何も与えてくれない神ではなく、私に生きるための導きを与えてくれた神が」
「じゃあどうして死のうとするんだ!?」
「神に会えたからですよ、プロデューサー様」
神に会えたからと彼女は言う。でもそれが死を望む理由になりうるのか俺にはわからない。
「教会には自分の罪を懺悔しにくる方が居ます。ですがその懺悔は神に直接は届きません。神父さまを通してしか届かないのです」
彼女は祈りの姿勢を崩すとナイフを持ったままの俺の手をそっと包み込むようにして握った。
「私はなんて幸せ者なのでしょう。神に直接懺悔出来たのですから。もう悔いはありません」
「……っ!」
彼女は俺の手ごとナイフを自分の身体に突き立てようと、握った手に力を込めた。あとほんの少しでも反応が遅れていたらきっとこのままナイフは彼女の身体に突き刺さっていただろう。
「ふざけるな! 悔いはない!? そんな事あるわけないだろ!」
手に握ったナイフを投げ捨て大声で彼女を一喝する。突拍子の無い告白に脳が動いていなかったのが、ようやく火が点いたようだ。
「プロデューサー様……」
「死んで終わりなんて、神が許すわけない! 罪は償わなければいけないんだ! ……だから、クラリス。自首……しよう。犯した罪は無くならないけど、償う事はきっとできるから……」
俺の大声に驚いたのか尻もちをついてしまった彼女に手を差し伸べる。小さくか細くなっていく声が徐々に涙混じりになっているのがわかる。
6 :
名無しさん@おーぷん 2019/01/16(水)00:41:06 ID:
Dtn
彼女がこの手を取ってくれるのならまだ彼女はやり直せる。そんな気がしていた。おこがましいかも知れないが彼女にとってこの手は救いの手になるはずだ。
相変わらず開かれない瞳のまま、おずおずと彼女は右手を伸ばしてくれた。
「やり直そう、クラリス。誰にだって間違いはある。それがたまたまクラリスだったんだ。必ずやり直せるから」
俺は伸ばされた右手を強く掴むとそのまま彼女を引っ張り起こした。抱きかかえるような格好になってしまって初めてわかったのだが、彼女の身体はひどく震えていた。きっと自分の中にあるものを吐き出すには相当なエネルギーが必要だったのだろう。
「……はい。プロデューサー様」
彼女の震えが落ち着いた頃、ようやく彼女はあの優しい笑顔を作ってくれた。きっともう大丈夫だろう。一度は過ちを犯してしまったかも知れないが、彼女のこの手はナイフを突き立てるためでなく誰かを救うためにあるんだ。
しばらく彼女を抱きしめていると、ふいに胸の中の彼女が小さな声をあげて笑い始めた。
「どうしたんだ?」
「……いえ、私は本当に神に愛されていたんだなと思ったら、つい」
彼女の顔を見ると白い頬にわずかに赤みが差していた。俺達しか居ないとは言えこの体制はちょっと恥ずかしい。認めてしまうと俺まで赤くなってきた気がする。
7 :
名無しさん@おーぷん 2019/01/16(水)00:41:40 ID:
Dtn
「まあ。プロデューサー様。お顔が赤いですよ?」
くすくすと笑いながら俺の顔が赤くなっている事を指摘する。
「それを言うならクラリスだって赤くなってるぞ」
「ふふ。そうですね。男性に抱きしめられるのは初めての経験でしたので……」
「そうなのか」
「えぇ」
つい先ほどまでの緊迫した空気から一転して穏やかな空気が漂い始める。実はさっきまでの告白は幻だったのではないだろうか。
「……プロデューサー様。私、顔が赤いのが恥ずかしくなってきました」
「……実は俺もだ」
「では顔が赤いのを誤魔化すために少しだけ葡萄酒を頂きませんか?」
「ん? シスターってお酒飲んでいいんだっけ?」
「……えぇ。大丈夫です。シスターはカトリックですから」
そうだったのか。カトリックなら飲んでも問題はないのか。
少し待っていてくださいと告げると、彼女はどこからかワインのボトルとグラス二つを持ってきた。
「お待たせしました。プロデューサー様。グラスはこちらをお使いください」
「うん。ありがとう」
グラスを受け取り、ワインを注いでもらう。グラスが少しずつワインレッドに染まっていく。
8 :
名無しさん@おーぷん 2019/01/16(水)00:42:06 ID:
Dtn
「プロデューサー様。私にもお願い出来ますか?」
「あぁ、もちろん」
彼女がしてくれたように、俺も彼女のグラスをワインで満たしていく。
「美しいですね」
彼女はワインで満たされたグラスを、月明りに照らしてゆっくりと慈しむように眺めていた。
「……まるで血の色のよう」
その言葉を聞いてゾッとした。まるで全身の毛が逆立ったかのような。得も言われぬ恐怖を感じていた。
「ふふっ、冗談です」
「脅かさないでくれよ……。ただでさえ今日の出来事で寿命が縮む思いをしたんだから……」
「申し訳ありません、プロデューサー様。では頂くとしましょう」
彼女は美しく穏やかな笑顔のままグラスに満たされたワインをゆっくりと口に含んでいった。俺も彼女に習うようにまたワインを口に含む。口の中に広がる葡萄の香りを楽しみながら少しずつ喉に落としていった。
9 :
名無しさん@おーぷん 2019/01/16(水)00:42:25 ID:
Dtn
時間をかけてその一杯を飲み干した頃には月がとても高い位置になっていた。
「……もうこんな時間なのですね」
彼女は月を見上げてポツリと呟いた。
「あぁ、みたいだな」
「……プロデューサー様。私の懺悔を聞いて頂き、ありがとうございました」
「大したことじゃないさ。それよりもこれからが大変だと思うけど、俺も手伝うから頑張ろうな」
「はい」
きっとこれからの彼女の人生は険しいものになるのだろう。でも、彼女ならきっと乗り越えられるはずだ。
「このような時間までお時間を頂き申し訳ありません。道中、お気をつけてお帰りください」
「……あぁ」
俺はこのまま朝まで彼女の近くに居るつもりだったのだが、彼女に帰るように促されてしまった。もう大丈夫だとは思うがこんな状態の彼女を一人にするのは少しばかり不安が残る……。
「私も少しだけ一人で考えたいのです」
どうやら俺の表情から考えている事を読み取ったらしく、釘を刺されてしまった。……仕方がない。明日また出直すとしよう。
「……自殺なんてするなよ?」
一度は死のうとした彼女だ。俺も念のために釘を刺しておく。
「その心配には及びません。キリスト教では自殺はタブーですから」
「そうなのか? じゃあ安心かな……」
一抹の不安を感じながらも、彼女の言葉を信じるとしよう。
「じゃあまた明日来るからな」
「えぇ、お待ちしております」
そんなやり取りをして教会を後にしたのだった。
10 :
名無しさん@おーぷん 2019/01/16(水)00:42:41 ID:
Dtn
◆
翌日、日が昇って間もない頃一本の電話が入った。
「え……? クラリスが……?」
その内容はクラリスが死んだと言うものだった。
11 :
1 2019/01/16(水)00:47:47 ID:
waD
◆
「……服毒による自殺、か」
あの晩、彼女は毒を飲んで死んだ。警察によると毒を塗ったグラスでワインを飲んでの自殺との事。
第一発見者は神父さまだった。日課の掃除をしようと教会に入った時に、横たわっている彼女を見つけたらしい。あまりにも穏やかな顔をしていた事から最初は眠っているだけと思ったそうだが、声をかけても反応がない事から彼女の死に気付いたらしい。
彼女と一緒に居た最後の人間が俺だった事もあり重要参考人として取り調べを受けたのだが、現場が完璧なまでに自殺であり他殺の線が薄いとの事ですぐに解放された。
俺は取り調べの最中に何度もワインを注いだのは自分である事、自分も一緒にワインを飲んだ事も伝えたのだが、現場からはその痕跡が一切出てくる事はなかった。
まるでこうなる事を見越したかのように、全てが綺麗さっぱりと跡形もなく消え去ってしまっていたのだ。
間違いなくあの晩にクラリスを殺したのは俺なのに。
12 :
1 2019/01/16(水)00:48:57 ID:
waD
直接手を下したわけではない。でもあのグラスにワインを注いだのは俺だ。間接的ではあれ彼女を殺したのは俺なのだ。
「クラリス……どうして……」
他の墓石よりも少し離れたところにポツンと寂しく彼女の墓石は立っている。
「あぁ……そうか。クラリスはこんな気持ちだったのか」
あの時の彼女の苦しみがようやく理解できた。許しを求める彼女の気持ちが。
今も彼女はこの墓の下で眠っている。穏やかな表情を浮かべたままで。
End
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元スレ:
クラリス「救いの手を差し伸べて」
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1547566597/
歌:島村卯月(CV:大橋彩香)、渋谷凛(CV:福原綾香)、本田未央(CV:原紗友里)、佐藤心(CV::花守ゆみり)、三村かな子(CV:大坪由佳)
日本コロムビア (2019-01-23)
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女はシスターなら誰でもいいし男もPじゃなくても…それこそ名前をシスターと男に変えても>>3の「アイドルの時に」を「いつも」に書き換えるだけで話が成立する
管理人もなんでこんなもんまとめようと思ったのか?