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【やれやれ】村上春樹風プロデューサー【モバマス】

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1444630987/

1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/12(月) 15:23:07.87 ID:puC2tlh40
千川ちひろが持って来たカフェ・オ・レを一口啜った。

今日もアイドルの相手をしなければならない。

思春期の女の子たちの嬌声を聞きながら、レッスン風景を眺める。

大人からすれば他愛もないが、少女たちからすれば重大な悩みの相手をする。

真剣な面持ちで少女たちは悩みを僕に打ち明ける。

こうした僕の仕事がまた始まろうとしている。

やれやれ、と僕は思った。

「プロデューサーさん。一緒にお茶しませんか?」

島村が部屋に入って来て言った。

彼女の長いくせ毛は今日もゆるやかに波打っていた。

良く晴れた日の砂浜の波のように。

2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/12(月) 15:30:33.28 ID:puC2tlh40
僕はアイドルたちが集まる部屋に行った。

そこでは、三村を中心に茶会の準備が進められている。

ふくよかな丸みを帯びたティーポットは、持ち主の三村にそっくりだと僕は思った。

甘い菓子のような微笑みを浮かべながら、三村は紅茶を淹れる。

少し渋みを感じるダージリンの香りが、僕を刺激した。

「今日は美味しい紅茶を持って来たんですよ。
それと、パンケーキを作ったので持ってきました」

三村は嬉しそうにタッパウェアからパンケーキを取り出した。

何も掛かっていないパンケーキを。

パンケーキをそのまま食べるつもりか!

やれやれ。

3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/12(月) 15:35:11.00 ID:puC2tlh40
「三村さん。パンケーキの美味しい食べ方を御存じないのですか?」

僕は呆れながら言った。

「美味しい食べ方ですか? このままじゃいけないのですか?」

三村は首をかしげた。

「そのままでも美味しいかもしれない。でも、もっと美味しい食べ方があります」

そう言って僕は立ち上がった。

そして、部屋の隅に置かれた冷蔵庫からコカ・コーラの瓶を一本取り出した。

「まあ、見ていてください」

呆然としている女の子たちを無視して、僕はパンケーキにコカ・コーラを掛けた。

「プロデューサー! 何をしているんですか!」

島村が驚いて素っ頓狂な声を上げた。

僕は島村に構わず瓶入りコーラを一本まるごと注ぎ込んだ。

4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/12(月) 15:43:40.56 ID:puC2tlh40
コーラを吸ったパンケーキは、

海から上げたばかりの軟体動物のようにふやけた。

そんなパンケーキを眺めた三村は、今にも泣きそうになった。

「そんな……せっかく作って来たのに……」

傍にいた三村の友人の緒方が、三村の肩に手を当てた。

「プロデューサー! あんまりですよ!」

島村は怒った様子で僕を非難した。

そんな様子を眺めながら、緒方が弱弱しい声で僕に訊ねた。

「これ……美味しいんですか……」

「美味しいかもしれないし、美味しくないかもしれない。
味の好みは人それぞれだからね」

僕は当り前の事をあえて言った。


5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/12(月) 15:57:05.20 ID:puC2tlh40
「私、プロデューサーさんが、こんなことする人だなんて思っていませんでした!」

眉を吊り上げた島村が僕に抗議した。

やれやれ、コーラを掛けた位でそこまで怒らなくてもいいと思った。

「とりあえず食べてみよう。僕への非難はそれからでも遅くないだろう」

島村、緒方、三村は、フォークでコーラ・パンケーキを切り取った。

口に含んだ少女たちは皆、

未知との遭遇を果たしたような複雑な顔をした。

「意外と食べられなくはないかも」

怒りが収まった島村が言った。

怒ってはいないが、決して嬉しそうな顔ではなかった。

「こういうのも有りなんでしょうか……」

緒方が僕に訊いてきた。

「あるいは」

僕はやる気のない返事を返した。

「すごく甘いです」

三村が感想を言った。

「これは糖分補給に最適な食べ物です。三村さん。甘いのはお好きでしょう」

僕は疑問符のない疑問を発した。

「ええ……まぁ……」

三村は困惑した様子で僕を眺めた。

14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/12(月) 19:42:30.86 ID:puC2tlh40
「おっはよー!」

ハウリングを起こしたスピーカーみたいな甲高い声が大音量で響いて、
本田が部屋に入って来た。

「え? みんな辛気臭い感じでどうしたの?」

ル・コルビジェがデザインした黒革張りのカッシーナ製ソファが部屋にあり、

モダニズム様式のそのソファに荷物を置きながら、

本田はテーブルを囲む皆に訊いた。

「プロデューサーさんが、かな子ちゃんが作ってきたパンケーキにコーラを掛けたんです」

「なにそれ!? コーラ?」

本田は呆気に取られてきょとんとした。

パンケーキとコーラという組合せは、

本田にとって予期せぬ物だったようだ。

好天の中を進む船が不意に座礁したような意表だったらしい。

「未央ちゃんも食べてみてください」

三村が申し訳なさそうな表情を浮かべた。

その顔からは、トラブルの中に本田を巻き込む罪悪感が見て取れた。

三村はコーラ・パンケーキの味を本田にも知って欲しかった。

それが良い事だとは思わなかったが、三村はあえて食べさせようとした。

プロデューサーの所業を知る者が増えることで、

自分達が被った被害を一人でも多くの人に共有して欲しいからだ。






15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/12(月) 20:11:22.99 ID:puC2tlh40
フォークを取った本田は、恐る恐るパンケーキに近付いた。
震えるフォークが徐々に近づく様子は、本田の躊躇いを表していた。
僕から見た本田は、初めて敵と対峙した兵士が銃剣を敵に向けている様に見えた。

「これ、本当に食べられるのか~?」

本田は戸惑いながら言った。

「私たちは皆食べました!」

島村が強い口調で言った。

明らかに本田にコーラ・パンケーキを食べさせることを急かしている。

「未央ちゃん! 一気に!」

三村が本田をはやし立てた。

本田は周りに乗せられてコーラ・パンケーキを口内に放り込んだ。

口を閉じた本田の目は、コンパスで描いたように丸くなった。

それから、急降下するジェットコースターみたいな勢いで、口内の物を飲み込んだ。

「うわー! なんかビミョー! まずくもないけど美味しくもない!」

島村は本田を見て肯いた。

「かな子ちゃんのパンケーキをプロデューサーさんがそうしたんですよ」

島村は、きのこが生えてきそうなくらい湿っぽい眼で僕を見た。

「ひどいことするな~」

口直しのダージリンを啜りながら、本田は僕を見つめた。

その目は失態を犯した道化師でも見るかのような目だった。

18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/13(火) 16:53:24.54 ID:Yz4t87Ou0
「プロデューサーさん。かな子ちゃんに謝りましょう」

島村は言った。

とてもべたついた声色だった。

まるでコーラに浸したパンケーキの生地のように。

「プロデューサーさ、こんなのウケると思ったわけ?」

本田は困惑しかない笑顔を向けて言った。

レシピを披露して空振りした僕に呆れ果てた様子だった。

緒方は理解できないクリーチャーを見る目で僕を見つめた。

僕は、友達が持って来た手作りパンケーキを台無しにした怪人なのだろう。

三村は困惑の表情を僕に向け続けた。

眉を下げ、口を固く結び、頬を膨らませ、僕へ無言のクレームを送り続けた。

少女たちは僕に心底呆れている様子で、

僕は絶海に漂流するいかだに乗っている気分になった。

「す、す、すまなかった」

圧力に耐え切れず僕は謝った。

沸騰した鍋から煮汁が溢れるように、僕は謝罪した。

それでも少女たちは沈黙を保って雄弁に抗議の意思を伝えた。

19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/13(火) 16:53:54.53 ID:Yz4t87Ou0
やれやれ。

僕の評判はリーマンショック時の株価のように下がってしまったようだ。

僕がパンケーキをコーラの沼に沈めたことで、

女の子たちの茶会はすっかり冷めてしまった。

その冷たさと連動するように、

僕に向けられる彼女たちの目線も冷たくなって行く様に思えた。

そして、僕は居場所をすっかり失ってしまったようだ。

何としてでもこの場から離れたいと思った。

「そうだ。仕事の続きがあるから、そろそろ自室に戻るよ」

僕はワゴンセールの靴下みたいに安っぽい嘘をついた。

戦略的撤退の為にはチープな嘘も必要だと自分に言い聞かせた。

足早に部屋を出てドアを閉めた。

ドアを閉めた後、何気なく元居た部屋を振り返った。

すると、ドアの向こうから黄色い声が聞こえて来たので、

僕は自分の事を言われている気がして立ち止まった。

悪趣味だと思ったが、好奇心には勝てなかったので、

僕はドアに耳を当てて女の子たちの会話を盗み聴いた。

21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/14(水) 06:44:59.82 ID:i7V5fj330
「かな子ちゃん。ごめんね。私がプロデューサーさんを連れてきたせいだよね」

三村を慰めるように、島村が言った。

「ううん。卯月ちゃんは悪くないよ」

島村をかばうように、三村が言った。

「まさかコーラ掛けるとは思わないもんね。普通は予想外じゃない?」

ドア越しでも良く聞こえる大きな声で、本田が言った。

「もうプロデューサーさんをティータイムに誘うのは止めにします」

呆れた口調で、島村が言った。

その一言は僕の心を大きく抉った。

巨大重機のバケット・ホイール・エクスカベーターみたいに。

「そうだよね。いきなりパンケーキにコーラなんか掛ける人だもん。最低だよ」

さも当たり前の様に、本田が言った。

声の大きさも相まってか、ドアを貫通した本田の声が僕の鼓膜に響いた。

その一言は、物理的にも心理的にも、徹甲弾のごとく僕に突き刺さった。

鼓膜から入った声が認識へと溶け込んで行き、僕の心を傷つけた。

鎧を貫いた後の銃弾が体の中でうずく様な気分になった。

22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/14(水) 06:45:30.65 ID:i7V5fj330
それ以上はつらくて聞いていられなかった。

ドアから耳を離した僕は、自分の部屋へ戻ることにした。

ノモンハンの荒野を歩く敗残兵の様に失意に満ちた重い足取りで、

僕はうな垂れながら孤独に廊下を歩いて行った。

そうしてドアの前までたどり着くと、

僕の部屋の前に、銀髪で猫目の少女が立っていた。

「プロデューサー。待っていました」

「アナスタシアさん」

アナスタシアは僕の帰りを待っていたと言った。

「何の用でしょうか?」

「ダー……はい。新曲について相談に来ました」

アナスタシアは言った。

彼女は、ロシア語と日本語を混ぜた独特の喋り方をする。

「お入りください」

僕はアナスタシアと一緒に部屋の中へ入って行った。

23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/14(水) 06:46:26.19 ID:i7V5fj330
「それで、どういった相談でしょうか?」

「はい。新曲のイメージについてです」

「イメージ」

「コースマス……宇宙をイメージした曲です」

「そういえば、今朝データを受け取りました」

「まだ聞いていませんか?」

「今すぐ聞きましょう」

アナスタシアを見ながら、僕は言った。

僕は、パソコンのMP3プレイヤーを起動し、

千川から今朝預かった新曲を流した。

大河のようなリズムを持った曲で、何か神秘的な感じがした。

曲を聞き終わった頃、一瞬の放心状態が訪れた。

その後も美しい旋律が僕の心に固着した。

船底に固くこびりついた牡蠣のように。

「プロデューサー。どうですか?」

アナスタシアが言った。

「うん。良い曲だと思います」

僕は肯いた。

24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/14(水) 06:47:07.66 ID:i7V5fj330
「この曲、どういうイメージで歌いますか?」

アナスタシアが僕に訊ねた。

「エカテリーナ宮殿のようにエレガントに」

「エレガント」

「ツンドラみたいな涼しい広がりも大事でしょう」

「広がり……宇宙みたいですか?」

「宇宙の事はよく知りませんね」

「それはとても大切な事ですね?」

「旋律が生み出すケミストリーを大事にするわけです。
 風の中でマッチの火を消さないように」

「ケミストリー?」

「曲が生み出す場の力です。それは突如大きく拡がるのです」

「ビッグバンみたいなものですか?」

「ビッグバンの事もよく知りません」

「えーと……広くてエレガントでしたっけ?」

「広範囲に輝く感じです。銀河みたいに」

「ガラクーチカ……銀河ですか。何か分かった気がします」

そう言ったアナスタシアは、満足そうな顔で一礼してから部屋を去った。

25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/14(水) 06:47:58.61 ID:i7V5fj330
アナスタシアが去った後、

部屋に残った僕は書類整理に勤しんだ。

ヤナーチェックの「シンフォニエッタ」を掛けながら、

ピアニストのような手つきでキーボードを叩いた。

こうしている時間が何より幸せだ、と僕は思った。

「失礼します」

そう言いながら、渋谷が僕の部屋に入って来た。

「渋谷さん」

「プロデューサー。聞きたいことがあるんだけど」

やれやれ。

今日は相談が多い日だ、と僕は思った。

「この仕事が終わったら早めに夕食を食べる所です。
  もし良かったら、食事をしながらお話しませんか?」

「いいよ」

少し嬉しそうな顔をしながら、渋谷は言った。

「プロダクション併設のカフェでパスタでもどうですか?」

僕の問いに対し、渋谷は肯いた。

30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/15(木) 22:06:38.01 ID:6jnQDqDp0
プロダクションの施設内にあるカフェに入り、

僕と渋谷は向かい合う形で席を取った。

渋谷は、緑色で薄手のサマーセーターを着ている。

それがぴったりと体に張り付いているので、

上に突き出た美しい形の乳房が、服の上からでもよく分かった。

渋谷の顔は、緑がかった色をした大きな目が特徴的で、

真っ直ぐな鼻筋とともに大人びた印象を醸し出している。

「プロデューサーは何を食べるの?」

真っ直ぐ伸びた長い黒髪を片手で撫でながら、渋谷が言った。

「ハムのパスタがいいですね」

「それ好きなの?」

「大好物です。家でもよくパスタを茹でていますから」

「へえ、プロデューサーって料理するんだ」

意外そうに渋谷が言った。

「料理は得意ですよ。ハムのパスタは特に美味しい」

「そうなんだ。それじゃあ、私もそれにするよ」

二人ともメニューが決まったので、店員に注文を出した。

31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/15(木) 22:07:15.68 ID:6jnQDqDp0
注文した料理を待っている最中、渋谷が僕に訊ねた。

「プロデューサー。私、和風な感じを学びたいんだ」

「和風」

「そう。今度のライブは和風がテーマだから」

渋谷は、そう言ってから何冊かの本を鞄から取り出した。

「蘭子や文香に相談したら、日本文学を読んでみると良いって言われた」

渋谷が言った。そして、机の上に本を並べ始めた。

「川端康成、三島由紀夫あたりが有名かと思って買ってみた」

川端に三島だって!

どうして僕の前にそんなモグラの糞みたいな本を並べるのだ。

やれやれ、と僕は思った。

「川端も三島もおすすめ出来ませんね」

「どうして」

渋谷は疑問符のない疑問を発した。

「文章が下手だし、まわりくどいし、鬱陶しいだけですよ」

「そうなんだ……」

残念そうな顔をして、渋谷が言った。

32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/15(木) 22:07:49.16 ID:6jnQDqDp0
「日本文学なら漱石や谷崎のほうがおすすめですよ」

僕は言った。

「それってプロデューサーの好みじゃない?」

「あるいは」

僕は、回答に隠された真意を否定はしなかった。

「まあ、いいけど。どうせなら全部読んでみるよ」

「それも良いかもしれません」

「私は完璧なライブにしたいから、やれることは全部やる」

「そんなに意気込む必要はありませんよ」

「そうかな?」

「完璧なライブなど存在しません。完璧な絶望が存在しない様に」

「なんだか……よく分からないな」

困惑した顔で、渋谷は言った。

そうこう話している内に、注文したハムのパスタがやって来た。

テーブルに置かれたそれを、僕と渋谷は無言で食べた。

33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/15(木) 22:10:16.22 ID:6jnQDqDp0
食事が終わって会計を済ませてから、僕と渋谷は店を後にした。

「今日は相談に乗ってくれて助かったよ。ありがとう」

「お役にたてれば幸いです」

「じゃあ、私は先に帰る」

そう言って渋谷は帰って行った。

去って行く渋谷を眺めていたら、

突如ケータイが鳴った。

メールが来たようだ。

やれやれ。誰からのメールだ。

差出人を見ると、高垣楓の名前が表示されている。

「高垣さん」

僕はそのメールを見た。

「今夜、いつものバーで一緒に飲みませんか?」

メールにはそう書いてあった。

僕は「付き合います」とメールを返した。

36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/17(土) 08:05:35.15 ID:Er6F8LuS0
仕事を終えた僕は、高垣がいるバーへ入って行った。

M.J.Qのレコードが流れる薄暗い店内は、

人が多く賑やかだが、落ち着いた雰囲気だと思えた。

こういう店もジャズも高垣によく似合っている、

と僕は思った。

「高垣さん」

僕は、先に席に着いていた高垣に挨拶した。

高垣は、コム・デ・ギャルソンのチュニックを着て、

椅子の脇にコーチのハンドバッグを置いていた。

「プロデューサーさん」

高垣に挨拶された僕は、彼女の対面に腰かけた。

僕と彼女は、赤いベルベット貼りの座椅子に座って向かい合う。

よく磨かれて光沢を放つチーク材のテーブルの上には、

アペタイザーのアヒージョが置かれていた。

「今日は飲みながらゆっくり語り合いましょう」

僕は言った。

「そうですね。まずは何か頼みましょう」

高垣が言った。

37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/17(土) 08:07:16.25 ID:Er6F8LuS0
「それじゃあ……カティサークをボトルで」

「ウイスキーですか」

高垣が僕に訊いた。

「ウイスキーは嫌いですか?」

「いえ。たまには日本酒以外も良いですね」

高垣は笑顔で答えた。

僕と高垣は今日の出来事を話し合った。

「まあ、卯月ちゃん達に嫌われてしまったんですね」

「そうです。僕がパンケーキにコーラを掛けたせいで」

「コーラを掛けてこーらって怒られたんですね」

高垣は駄洒落を言った。

ノルウェイの森に吹きすさぶ寒風の様な駄洒落だが、

女の子たちに付けられた僕の心の傷には心地が良かった。

「僕は孤独ですよ」

「まあ、そんなことないですよ。私はプロデューサーさん好きですから」

「女の子たちを傷つけてしまった。プロデューサー失格です」

「傷」

「そして僕も傷ついてしまった」

38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/17(土) 08:07:57.06 ID:Er6F8LuS0
僕は、かなり情けない顔をしてしまったかもしれない。

高垣は、そんな僕を気の毒そうに眺めていた。

「そんなに気にすることじゃないですよ」

「いつもだったら、もっと気楽に飲みに来るのですけどね」

「一人でも飲みに行かれるのですか?」

「チーズやナッツを摘まみたい時に、よく行きますよ」

「こういうお店にも慣れているんですね」

「そうかもしれません」

世間話をしていると、カティサークのボトルが運ばれてきた。

僕は、高垣と自分のグラスにカティサークを注いだ。

もちろん、オン・ザ・ロックで飲むつもりだ。

「乾杯」

はにかみながら高垣がグラスを掲げた。

「乾杯」

高垣に応えて、僕もグラスを掲げた。

「……あの、卯月ちゃん達は、謝ったら許してくれそうですか?」

「そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません」

39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/17(土) 08:08:46.92 ID:Er6F8LuS0
「ちゃんと謝れば大丈夫だと思いますよ」

「そうだと良いのですが……」

僕はとにかく自信を失くしていた。

「マカロンでも差し入れしたら、見直してくれるかもしれませんね」

「あるいは」

「かな子ちゃん達、マカロンが大好物ですから」

「それで傷が癒されれば良いですね」

喪失感がマカロンで埋まるなら、

それは簡単な事だ、と僕は思った。

「とにかくやってみる事ですね」

僕は言った。

「そうです。プロデューサーさん。前向きに行きましょう」

高垣が僕を励ました。

「明日、マカロンを持って謝りに行きます」

僕は言った。

「それがいいでしょうね」

高垣が微笑んだ。

40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/17(土) 08:09:23.29 ID:Er6F8LuS0
酔いが回ってきた頃、高垣が突然訊ねた。

「プロデューサーさん。今、欲しい物があるんです」

「何でしょうか?」

「拳銃」

何の抵抗もなさそうに、高垣が言った。

「冗談でしょう?」

狼狽しながら、僕は言った。

「もちろん、本物じゃありませんよ。玩具のです」

「なんだ……」

僕は一安心した。

「今度、アクション物の劇に出るので、役作りの為に欲しいのです」

「練習熱心なのですね」

「私、モデルガンの事はよく知りません。男の人なら詳しいかなって」

「僕はガンマニアって程じゃありませんが……」

「何かお手頃な価格のモデルガンはありませんか?」

「そうですね……ヘッケラー&コッホのピストルでも買って来ます」

41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/17(土) 08:11:23.94 ID:Er6F8LuS0
「ありがとうございます」

嬉しそうに高垣が言った。

「ただ、大事なことがあります」

勿体ぶった様子で、僕は言った。

「何でしょう?」

「物語の中に拳銃が出てきたら、それは必ず発射されなければならない」

「そうなんですか?」

「チェーホフの言葉です」

「うーん、それじゃ、買ったら撃たないといけませんね」

「高垣さんは物語の人物じゃないですから、別に良いのでは?」

「それもそうですね」

「何となく言ってみたかっただけです」

微笑みながら、僕は高垣に言った。

「プロデューサーさんって本当に親切ですよね」

高垣が言った。

「プロデューサーとして当然の仕事をしているだけですよ」

「その謙虚さが貴方のレゾンデートルですね」

42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/17(土) 08:11:52.13 ID:Er6F8LuS0
「そこまで言われると照れますね」

僕は言った。

「あなたの良さ、きっと卯月ちゃん達も分かってくれます」

高垣が言った。

「高垣さんに言われると自信が湧いてきます」

「うふふ、ありがとうございます」

僕は高垣との酒席を楽しんだ。

気が付けば、終電間際まで飲んでいた。

やれやれ、今日もあまり眠れなさそうだ。

43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/17(土) 08:12:40.55 ID:Er6F8LuS0
翌日、僕は昼休みにマカロンを買った。

それを島村達に持って行った。

「プロデューサーさん……」

島村は怪訝そうな顔で僕を見つめた。

「あの、昨日のお詫びにお持ちしました」

僕は、両手で持ってマカロンを前に差し出した。

「それ大好物です!」

大喜びしながら、三村が言った。

「昨日はすいませんでした」

僕は謝った。

「プロデューサーさん……ありがとうございます……」

緒方が言った。

「また一緒にお茶会しましょうね」

満面の笑みを浮かべ、島村が言った。

44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/17(土) 08:13:23.11 ID:Er6F8LuS0
「マカロンもコーラに浸したら美味しいかもしれません」

僕は提案した。

「もうコーラは勘弁してください!」

困惑した顔で、島村が言った。

「どれだけコーラすきやねん!」

三村が僕にツッコミを入れた。

「鋭いツッコミ。三村かな子さんにアドバンテージ!」

僕は言った。

「あの……マカロンはそのまま食べましょう……」

緒方が言った。

「プロデューサーさんのコーラ好きにも困ったものです」

島村が言った。

「そんなにおかしいですか?」

僕は島村に訊いた。

「やれやれ、と呆れるほどですよ」

島村が言った。

やれやれ、と思っているのは僕だけではなかった。

人はそれぞれ「やれやれ」を抱えて生きている、と僕は思った。

                                 ―完―

45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/17(土) 08:15:28.97 ID:Er6F8LuS0
何日か掛かりましたが、完結しました。
お待たせしてすいませんでした。

読んでくれた方、ありがとうございます。

面白かったら幸いです。
実は村上春樹は「1Q84」と「パン屋再襲撃」位しか
まともに読んだことがなかったりしますww

村上龍のほうは、もっと色々読んでるんですけどね。
「村上龍風プロデューサー」も
リクエストがあれば挑戦します。

46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/17(土) 11:52:27.26 ID:7mR/n00Bo
こういうの大好きだぜww



SS速報VIPに投稿されたスレッドの紹介です

元スレ: 【やれやれ】村上春樹風プロデューサー【モバマス】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1444630987/


コメント
3813: 2016/01/17(日) 07:14
バーの辺りとか何いってんだか理解できなかったわ
3815: 2016/01/17(日) 09:51
何一つ似てない文体だな
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