ヘッドライン

有栖川夏葉「ここぞで開け!」

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1 : ◆TOYOUsnVr. 2020/05/21(木) 19:33:53.41 ID:wq3E2ozi0

彼女は片手に持ったグラスを、手首を軸にくるくる回す。
それに伴って、氷がからんからんと小気味の良い音を立てる様は、どこか楽器のようだった。

「なんて言うんだっけ。夏っちゃんのお付きの人。いつもスーツの」
「プロデューサーのこと?」
「そうそれ。たまにお迎えに来てるの見るけどさ」
「ええ」
「何て言うかこう、善人! って感じだよね」

言って、彼女はわざとらしく背筋をぴしりと伸ばし前髪を七対三の割合で分ける。

「ふふ。そんな髪型してたかしら」
「これはウチの善人イメージ」
「けれど、確かに善人で間違いないわね。それも、筋金入りの」
「夏っちゃんと上手くやってんだもんね」
「どういう意味かしら?」
「あはは。冗談だって」
「……でも、そうね。アナタが言わんとしていることもわかるの」

軽く呟いて、体を前方にやや傾ける。
ストローに軽く口をつければ、ほんのり甘いアイスコーヒーの味と香りが広がった。




樋口円香「本日快晴」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1587981913/

1 : ◆TOYOUsnVr. 2020/04/27(月) 19:05:13.33 ID:dc/j2zoZ0

煌びやかなドレッサーの前に、ぽつんと取り残されて、もうどれくらいの時間が過ぎたのだろう。

仰け反る形でやや横着に壁に掛かっている時計を見やる。
前回に時刻を確認した際より、長針が目盛り二つ分だけ移動していた。


誰もいないのを良いことに盛大な溜息を吐いて、自身の両手を伸ばし眼前で掲げる。

十本余すことなく空色に染め上げられた指先は、どこか自分のものでないような気がしてしまった。

「…………暇」

ぼそりと呟いた独り言は無音の室内に妙に響いて、いっそう退屈さを加速させる。

私は今、ネイルが乾くのをひたすらに待つだけ、という虚しい時間を過ごしていた。


アイドルとなってからもう何度か経験していることではあるけれど、やはり他人にやってもらうネイルというのは慣れない。

何より両手を同時に彩られてしまうと、その間は何もすることができないのが辛い。


もう何度目になるかもわからない嘆息を漏らし、備え付けられたテレビから垂れ流されているバラエティ番組を見るでもなく眺めた。





渋谷凛「しゅわしゅわ」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1587891541/

1 : ◆TOYOUsnVr. 2020/04/26(日) 17:59:01.24 ID:wquxKVH70


室外機が巻き上げる、むわりとした風を足で浴びる。
通常であれば心地良いとは言い難いそれも、今はなんだか特別な気がした。

車を回してくるから待っていて、と担当のプロデューサーが出て行ったのが数分前。
蚊にさされちゃうから中にいるように、とも言われていたが、私はそれを無視して夜空を眺めていた。

ふー、と息を吐いて、両手をめいっぱい伸ばす。
バンザイの恰好になって「んー」と声を漏らせば、全身に漂っている疲労をようやく自覚する。

「終わっちゃったな」

誰に宛てたわけでもない言葉は夜に溶けて消えていく。

今日は私の、アイドル渋谷凛の、初めての単独ライブだった。
イベントの出演者の一人でも、誰かの前座でもない、来てくれたお客さんは全部、私を見るために来ている、私だけのためのライブ。記念すべきその一回目が、ついさっき、終わった。
全力で歌って、踊って。
たどたどしくはあったかもしれないけれど、ステージの上からファンの人たちに声を投げて、ファンの人たちもそれに応えてくれて。

夢のような数時間だった。

あの瞬間をもう一度。
次はもっと上手く歌おう。
もっと上手く踊ろう。
もっと上手く話そう。
もっと、もっと。

気付けば、そんなことばかりを考えている私がいて、笑ってしまう。

ああ、私。
アイドルに夢中になっちゃったんだ。

こんなこと、私の担当のプロデューサーであるあの男に伝えようものなら「今更?」と小ばかにしたような笑みが飛んでくること請け合いだけれど、どうしてか今はあの顔が恋しかった。





[ 2020/04/26 20:55 ] モバマスSS | TB(0) | CM(0)

渋谷凛「最後はだいたい、いつもこんな感じ」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1587301322/

1 : ◆TOYOUsnVr. 2020/04/19(日) 22:02:02.59 ID:nO0X6WpI0
 鳴り止まぬ歓声と万雷の拍手に背を向け、私はステージを後にする。
 確かな熱さを感じるほどに眩しいスポットライトは太陽のようで、まだ体が熱を帯びていた。


 当然ではあるが、舞台袖はステージの上と比して暗い。
 その暗さに目が慣れるのを少し待って、段差に気を払いながら通路を進む。
 やがて開けた場所に出れば、たくさんのスタッフの人が控えていてくれて、私の到着を見るや寄ってくる。
 もう幾度となく見た光景ではあるが、いつもカーレースのピットインみたいだ、と思う。
 流れるような手際でピンマイクが外れたと思えば、次の瞬間にはぎゅうぎゅうと私の足を締め付けていたブーツがするりと脱げる緩さになっている。

 ぺたりと素足を下ろすと既に私の背後には椅子があって、第一陣のスタッフさんが去ったと思えば、そのすぐ後ろで待機していたメイクさんたちが今度は汗や時間経過で崩れてしまったお化粧の修正を始める。
 自分で自分にお化粧をするのと、他人にするのとではかなり勝手も違うはずなのに、速さと正確さ、その両方を兼ね備えたメイクさんたちは瞬く間に私を綺麗にしてくれた。

 スタッフさんたちは、私が「ありがとうございます」とお礼を言うと一様に花が咲いたように微笑んで、照れくさそうに会釈をして去っていく。
 たくさんたくさん助けてもらっているのは私の方なのに、お礼を言ったことに対して何故かお礼を言われることもしばしばある。

 やや誤解を招きそうな表現ではあるけれど、お礼の言い甲斐がすごくあった。

 そんな、くすぐったいような気持ちを押し込めるべく頬の内側を甘く噛んで、立ち上がる。

 そのまま、私の衣装替えのために用意されている一室へと入り、これまた驚きの速さで着替えが完了する。
 普段も、これくらいで出かける準備が終わったらいいのに、なんて能天気なことを考えながら再び舞台袖へと戻る私だった。





[ 2020/04/19 22:35 ] モバマスSS | TB(0) | CM(0)

樋口円香「天国とは程遠く、地獄と呼ぶには温かで」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1586776997/

1 : ◆TOYOUsnVr. 2020/04/13(月) 20:23:18.16 ID:HUVzNnIg0

 わざとらしい咳払いが背後で響いて、そこからさらに数拍置いて「円香、今いいか」と声がした。

 振り返ればそこには私を担当しているプロデューサーがいて、何やら紙束を抱えている。


「だめです」

「え」

「私がそう言ったらあなたは、はいそうですか、と諦めるんですか」

「また、タイミングを改めるとは思うけど……だめなのか」

「いえ。夕方からのレッスンまでであれば」

「ああ、うん。長くはかからないよ。……それ、歌詞カードか? 昨日の復習してたんだな」

「……早く本題に入ってもらえますか。要件は?」

「あはは。うん、オーディションの話が来てて」

「それは、私に?」

「うん。円香個人に」

「そうですか」

「まぁ、オーディションって言っても形式は色々でさ。今回みたいに、候補の子にだけ声をかけるのもあって……」

「それが、私に」

「そう、円香に。詳しくは資料を見て欲しいんだけど」


 言って、彼は抱えている紙束をどさりと私の目の前に置いて、その上から一枚を取って、手渡してくる。

 受け取った資料をざっと斜め読みしてみれば、なるほど彼の説明どおり概ね一般的なオーディションの要項が並んでいた。





渋谷凛「バードストライク」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1585756181/

1 : ◆TOYOUsnVr. 2020/04/02(木) 00:49:41.91 ID:4Bdl7bcD0

「ねぇ、プロデューサー。恋、って何か。説明できる?」

イヤホンを外し、空中に言葉を放り投げるように訊ねてみる。

それから数秒の沈黙が流れたあとに、空中からではなく隣から「恋?」と返ってきた。





[ 2020/04/02 06:55 ] モバマスSS | TB(0) | CM(1)

有栖川夏葉「選手宣誓」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1585504383/

1 : ◆TOYOUsnVr. 2020/03/30(月) 02:53:03.44 ID:d/1h7rEH0

二限の講義の終わりを告げるチャイムが、響く。

それを受けて教壇の上の先生が「では今週はここまでにします」と言えば、特に号令などはなく、私たち生徒は席を立ち、思い思いの方へと散って行く。

高校生の時分とは何もかもが異なる大学での生活であるが、半年ほど過ぎた今となってはもう、慣れた。

キャンパス内の勝手もそれとなくわかってきて、迷うこともあまりない。

教室を出てエレベーターホールでの順番待ちに混ざって、さてどうしたものかと腕を組む。

今日は三限に何も講義を入れていない曜日であるので、このまま帰宅することが可能である。

だが、一人暮らし――厳密には一人と一匹であるのだけれど――である私は当然、帰宅したところで家に昼食はない。

つまりは大学周辺、もしくは学食で食事を摂る方が楽と言えば楽なのだが、混雑するという欠点があった。

「あーりーすがわ、さんっ!」

そんなふうにして昼食で頭がいっぱいになっていたところ、不意に背後からの、半分抱きつかれる形での衝撃が私を襲った。





渋谷凛「春の訪れ、こねて作った薄いもの」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1584369974/

1 : ◆TOYOUsnVr. 2020/03/16(月) 23:46:14.63 ID:IE5PJN5R0
寒さには、いろいろ種類がある。

タクシーを降りて、雲の裏側から薄ぼんやりと照らしている月を見て、私はそんなことを思う。

エアコンの効きすぎた部屋で感じる寒さと真冬の野外で感じる寒さが別種であるように、ここ最近は寒さの質感が変わった。

ような気がする。

ひと月かそこら前までは、どこか無機質で鋭利な印象を持っていた空気が、少し丸みを帯びてきている。
春が近いのだろう。
事実として、日中に見た木蓮は立派な花を青空に映えさせていた。

移ろう季節に想いを馳せつつ歩き、数分としないうちに自宅の前へと到着した。
両親が営んでいる花屋は当然もう閉まっていて、シャッターが下りている。

そういえば、明日は競りの日だったっけ。

魚で有名な競りは、細かな様式は異なれども生花にもあって、朝早くに行われる。
そのため両親は競りの前日は、いつもよりも早くに就寝してしまうのだった。

鞄から鍵を取り出して、自宅のシャッターを解錠する。
時間が時間であるため、あまり大きな音は立てないよう控えめに、そしてゆっくりと上げる。
半分だけ上げたシャッターをくぐるようにして、自宅へと入り再びそれを下ろし、施錠した。

一歩自宅に入って深呼吸をすれば、花屋の店内にある色とりどりの花たちが織り成す香りが鼻を通って、肺いっぱいに満ちる。

帰ってきたなぁ。

なんていう、お仕事終わりのちょっとの達成感に浸りながら玄関を抜けて、洗面所へ。

手を洗って、自室へと向かった。

自室の床に備え付けられた犬用のベッドの上には、茶色のもこもこが鎮座していて、一瞬私の方を見やり、すぐにまた寝入った。
コートをハンガーに掛けるよりも荷物を置くよりも、何をするよりも先に、私はその茶色のもこもこのもとへ向かい、しゃがむ。

「ただいま。ハナコ」

もちろん、返事はない。
そうしてハナコの頭を何度か撫でて、そのあとでようやく私はあれこれと自身のことに取り掛かるのだった。





[ 2020/03/17 11:55 ] モバマスSS | TB(0) | CM(0)

渋谷凛「しとど晴天大迷惑」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1582975446/

1 : ◆TOYOUsnVr. 2020/02/29(土) 20:24:07.24 ID:5cL2iVcA0

順番が次に迫った打者が待機する場所を、ネクストバッターズサークルという。

私がそれを知ったのは数か月前の体育の時間で、教えてくれたのはソフトボール部員であるクラスメイトだった。


そして、私はいま、そのネクストバッターズサークルに、いた。


試合展開は最終回、二死、二三塁。

七対六で私の所属しているクラスが一点、負けている。


どうしてこんなことに、と思わないでもなかったが、そんなことを言ってもどうにもならない。


緊張からくる深い呼吸か、ため息なのか、自分で判別がつかなくなったそれを吐いてグラウンドへと視線を移せば、クラスメイトが四球を選び、一塁の方へと歩いていくところだった。


これで、二死、満塁。


歓声に背中を押されて、私はバッターボックスに立つ。

ヘルメットの鍔を軽く上げて、マウンドの上の投手を見据える。


さぁ、勝負だ。





[ 2020/02/29 22:55 ] モバマスSS | TB(0) | CM(1)

渋谷凛「テレフォンパンチ」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1581524845/

1 : ◆TOYOUsnVr. 2020/02/13(木) 01:27:25.93 ID:YwNItfWC0

ニ月中頃、春を待たずして街は桜色に染まる。

喫茶店、レストラン、スーパーマーケットなど、ありとあらゆる店々で流れる音楽は恋を歌うものが多くなり、限定のチョコレートを用いたメニューや商品が増える。

今年も、バレンタインが近づいていた。


どうしてもアイドルという仕事柄、相手の性別に関わらずチョコレートはもらうことの方が専らであったけれど、渡すことがないではない。

というか、それなりに、ある。

だから、毎年この時期は楽しみであると同時に、思考と準備に追われるのが常だった。

友人と交換する、いわゆる友チョコも準備しなければならないし、お世話になった人々へ贈るいわゆる義理チョコもいる。

それから、父にも用意する必要があるだろう。

お仕事で会う人々へ贈るものは市販のものでいいとしても、その選別もまた中々に手間だ。

しかし、そんな手間も最近は楽しみとなっていた。

理由はなんてことはない。

ただ単に、独りでないからだった。

そして、それは数年前の、今と同じくらいの時期から始まった。





[ 2020/02/13 06:55 ] モバマスSS | TB(0) | CM(0)
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