ヘッドライン

渋谷凛「フロッシュゲザング」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1630208194/

1 : ◆Rin.ODRFYM 2021/08/29(日) 12:36:34.48 ID:8iVJtLSD0
フロッシュゲザング、と言うと大抵の人は首を傾げる。
聞いたこともないと困ったような顔をして、説明を求めてくるのが普通だろう。

私もかつて、そうだった。

その後で、輪唱で有名な両生類の歌が聞こえてくるやつ、なんて説明をしてやれば大抵の人は「ああ」と得心して、最後には鼻で笑う。

最初からそっちで言ってよ、と。

私もかつて、そうだった。

振り返ってみれば、こんなような仕様もない思い出ばかりの気がするが、今更言ってもそれこそ仕様もない。

この思い出についてはいろいろな感情がありすぎて、どう説明したらいいか私自身よくわからないのだけれど、とにもかくにもこの感情を共有すべく順番に語るとしよう。





有栖川夏葉「ピンヒール・レトリーバー」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1617549659/

1 : ◆TOYOUsnVr. 2021/04/05(月) 00:20:59.52 ID:6ld/3/YM0

「どうかしら」

訊ねるまでもなく、答えはわかっている。
そのような表情で、有栖川夏葉は左手を腰に当て、もう一方の手で夕焼けみたいな髪を宙へ躍らせる。

ともすれば自意識過剰であるようにも思えてしまうその出で立ちがこれ以上なく様になっていて、俺は流石だなぁ、と頬を緩ませた。

次いで彼女の胸元へ視線を移す。
宝石がワンポイントで入ったネックレス。
シンプルだが、高級であるとすぐにわかる上品なデザインのそれは見覚えがあった。
では、これではない。

順番にハンドバッグ、腕時計と確認する。
それらもまた、見たことがあるもので、俺は「はて」と手で顎の輪郭をなぞる。
その動作に伴って視線がやや下がり、彼女の靴が視界に収まった。

目測だが、十センチはあろうかというピンヒール。
黒を基調とした配色にスパンコールが散りばめられていて、さながら満天の星空のようなそれには、見覚えがなかった。おそらくこれ、だろう。

しかし、これを履いてコインパーキングからここまで来たというのだろうか。
そうなのだろうな、と思う。

半分呆れつつも、こういうところが彼女の愛らしい部分であるな、と彼女の顔へと再び視線を移した。

「かわいいデザインだけど、大変だっただろ。この辺りは坂道も多いし」
「もう。そういうことが聞きたいんじゃないのに」

言って、夏葉は眉を下げる。
困ったような表情になりながらも口角が上がっているのを見て、正解であったらしいことに俺は安堵する。

「私はどうかしら、って訊いたのよ」
「似合ってるよ。この世のピンヒールは夏葉のためにあると言っていい」

アイドル衣装の彼女へ賛辞を届けることに関しては、もはや慣れたものだが、平時に面と向かって褒めるのは相手が掛け値なしの美人であることも相まって、照れが入る。
そういった経緯からの軽口だが、夏葉はそれを好ましく思ったようで「ふふ!」と笑っていた。





大崎甘奈「恩返し」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1605456088/

1 : ◆TOYOUsnVr. 2020/11/16(月) 01:01:28.51 ID:/zpbsw/P0

それは、よく晴れた日のことだった。
稲穂が風に吹かれて、金色の海が波打っていて、あとの視界にあるものと言えば、空に浮かぶ薄く伸びた雲ぐらい。

美しくのどかな景色に心を奪われながら、視線を隣に泳がせる。

そこには、額に脂汗を浮かばせているプロデューサーさんがいて、甘奈はごくりと唾を飲んだ。

しきりに「なんで」だとか「どうして」だとか、そのような言葉を繰り返すプロデューサーさんの隣を、甘奈は黙って歩くしかなかった。

もう、かれこれ数時間、この状況が続いている。

視線を正面に移す。
まっすぐに伸びたあぜ道には看板や柵などの一切の人工物はなく、地平の先まで続いている。
後ろを振り返っても同様で、左右は地平の先まで田んぼだけ。

前に進むしかない。

何もわからないままに、プロデューサーさんとそう決めて歩き出してから、ずっとこうだった。
引き返したほうがいいとも思えるけれど、既に数時間歩いている上に間もなく陽も落ちる。
道が続いている以上は進むほかなさそうだった。そういう結論をプロデューサーさんが出した。

「甘奈。足、痛くないか……?」

苦虫を噛みつぶしたような顔で、プロデューサーさんが甘奈を見る。
彼の問いかけに「うん、大丈夫だよ。それにしても、スニーカーで来てよかったよー」といつもどおりを返す。

それが却ってよくなかったのかもしれない。
プロデューサーさんは、甘奈の足を一瞥して、いっそう顔を青白くさせて「そうか」と呟くのだった。

甘奈、何かおかしなこと言ったのかな。

変なプロデューサーさん。

確かに、状況はおかしなことになっちゃってるけど、プロデューサーさんだっているし、甘奈はあんまり不安じゃないのに。
どうしてあんなに慌ててるんだろう。

そのようなことを考えながら、プロデューサーさんの歩調に合わせて、甘奈はただただ足を無心で動かす。






大崎甘奈「セブンスヘブン」

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1 : ◆TOYOUsnVr. 2020/11/04(水) 18:55:34.09 ID:znERYMcG0

天国は七つあるのだという。

天国に行くと、第一から順番に回って行って、最後に第七天。

そこには一番偉い天使様がいるとか、神様がいるとか。 

テレビか、インターネットか、はたまた雑誌か。
自分がこの知識をどこで得たのかはもう覚えていないけれど、天国は七つあるのだということをふと思い出した。





樋口円香「歩道橋」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1604101114/

1 : ◆TOYOUsnVr. 2020/10/31(土) 08:38:34.41 ID:nn/l7lqf0

片側三車線の大きな道路を結ぶ歩道橋がある。
その道路はしばらく歩かなければ横断歩道はなく、反対側へ行くにはその歩道橋を渡る必要があった。

歩道橋の階段は全部で三十六段。
駅に近いこともあり、多くの人がこれを利用する。

というよりも、駅から出て移動をするにはこの歩道橋を渡る必要があり、同様に駅に入るにもこの歩道橋を渡る必要があるだけなのだが、とにもかくにもそういう歩道橋がある。





有栖川夏葉「一張羅」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1600777007/

1 : ◆TOYOUsnVr. 2020/09/22(火) 21:16:47.58 ID:p5W+m0Hg0

汗を迸らせ、歯を食いしばり、飛来する拳を最小限の動きで回避した男は勇猛に眼前の相手へと迫る。

目視してからでは間に合わないほどの速さの左腕が相手の下顎を射抜いて、続く右腕がこめかみを打ち下ろす。

十数ラウンドにも渡った死闘は唐突に、終わりを告げた。

高層階から雑巾でも落としたかのような、生気を感じさせない崩れ方で男の対戦相手はリングに沈む。

鳴り響くゴングの音でようやく実感を得た男が勝鬨と共に腕を振り上げる。
直後、男の両の手を包んでいたグローブが役目を終えたことを誘ったかのように裂け、リングへぼとりと落ちた。

そのリング上のグローブにカメラは寄っていき、静かな、それでいてお腹の底へと響くようなロックンロールの調べがフェードインする。

徐々に音楽が大きくなって、画面が暗転しタイトルが黒無地の背景に浮かんだあとで、エンドロールが始まった。





渋谷凛「レフェリーの判断なんて」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1600097821/

1 : ◆TOYOUsnVr. 2020/09/15(火) 00:37:01.61 ID:e1J45WPZ0

つい数週間前までは、わたあめみたいな雲がもくもくと盛り上がっていた空を見上げる。
もうどこにもそんなものはなくて、代わりに薄くて小さな雲がまばらに散りばめられていた。

気付けば、あんなに煩わしかった蝉の声も聞こえない。
視線の先を、真っすぐな軌道ですいーっと蜻蛉が飛んでいく。

私の五感の全てが、夏の終わりを知覚していた。

「はい。ありがとうございます! ばっちりです! 次回撮影開始は日没頃、一時間と三十分ほど後になりますので、よろしくお願いします」

私の周囲を取り囲んでいた撮影のためのスタッフの人たちが、一様に頭を下げる。
それに「お疲れさまでした。引き続きよろしくお願いします」と私も返し、ロケバスへと戻るのだった。





[ 2020/09/15 06:55 ] モバマスSS | TB(0) | CM(0)

有栖川夏葉「トロピズム」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1597556458/

1 : ◆TOYOUsnVr. 2020/08/16(日) 14:40:58.37 ID:pO5Rz81k0

備え付けられたエアコンが、ごうごうと雄叫びを上げながら冷気を必死に吐き出していた。
窓から射し込んだ陽の光は、その健気な努力を嘲笑うかのように届く範囲の一切をじりじりと焦がす。

そんな、シーソーゲームのただ中に私たちはいた。

「暑いわね……」

もう何度目かもわからなくなったその言葉を吐き出せば、隣の運転席からも何度目かわからなくなった「暑いなぁ」が返ってきた。

全国的に記録的な猛暑となる。
確かに天気予報ではそのようなことを言っていた。
だからこそ、しっかりとした日焼け対策や十分な飲料を持って来たはずだった。

しかし、ここまでとは思っていなかった。

運転席にある車外温度の表示を見やれば、重度の風邪の時でもなければならないような数字が出ていた。

「人間だったら、インフルエンザくらいか」

私の視線に気が付いたのか、運転席の彼、アイドルである私のプロデュースを担当してくれているプロデューサーが冗談めかして言う。

「ええ。そうでなくてもきっと、すごく重症よ」
「夏葉、ちゃんと水分摂ってるか。喉が渇く前に飲むんだぞ」
「アナタこそ、しばらく飲んでないんじゃないかしら」

きゅるきゅると水筒の蓋を回して、彼に手渡す。

「これ、夏葉のだろ」
「アナタの水筒、もう空なんでしょう?」

私の言葉を受けて、プロデューサーは目を真ん丸にする。
どうやら気付かれていないとでも思っていたらしい。

「もらっちゃっていいのか」
「喉、渇いてるんでしょう? 見たらわかるわよ」

申し訳ないなぁ、と彼は呟いて水筒を軽く傾ける。
控えめな量を口に含んで、ごくりと飲み下す様をぼんやり眺めたあとで私は「アナタに倒れられる方が困るもの」と言った。





【モバマス】ハートの融点

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1596982848/

1 : ◆Rin.ODRFYM 2020/08/09(日) 23:20:48.56 ID:S7yVE8bX0

歩いているだけで首筋を汗が伝う、うだるような暑さから逃れ、私は事務所へと入る。

てのひらにぎしぎしと食い込む紙袋の持ち手の圧力に苛まれながら廊下を抜け、メインオフィスに出れば、冷房の効いた涼やかな空気が私を迎えてくれた。

私に気が付いた社員の人たちからの会釈やら「お疲れ様です」の挨拶やらに、こちらも会釈で以て返し、目的の人物がいるであろうデスクを見やれば、残念ながら期待が外れたようだった。

出直すか、待つか。
頭の中に二つの選択肢を浮かべ、さてどちらにしようと考えていると「凛ちゃん、お疲れ様」とのよく知る声を投げかけられる。

声の方向へと体をひねってみれば、そこには事務所一番のスーパー事務員さんである、千川ちひろさんがいた。

蛍光緑の装いに身を包み、笑顔の眩しい彼女はアイドルの私から見ても容姿が整っていて、その上で超人的なまでに仕事ができる。
という、非の打ちどころがないような存在だ。

「今日は撮影終わりでそのまま上がりだったわよね。何かあった? あっ、経費関係かしら」

私の今日のスケジュールまでもを把握しているのには驚いたが、ややあってこれはプロデューサーから聞いたのだろう、と得心する。

アイドルである私、渋谷凛を担当しているプロデューサーのデスクはちひろさんの隣にあるからだ。
それゆえに、ちひろさんとプロデューサーは何かと雑談する機会も多い。
私のスケジュールを把握していても不思議ではなかった。

「いえ、えっと。特に用というほどのことじゃないんですけど」
「そうなの? なら、プロデューサーさん?」
「まぁ、そんなところというか……これ、現場でたくさんもらって」

言って、私はちひろさんに紙袋を見せる。
彼女は袋の中のメロンを見るや「わぁ」と目を輝かせた。

「一個、事務所で食べようかと思って。ちひろさんもどうですか?」
「いいの?」
「はい。重いので、一つ手放したくて」
「ふふ、それで寄ってくれたのね」

じゃあお礼をしないとですね、とちひろさんは笑って、手招きをする。
私はそれに従ってついていって、彼女のデスクの隣の席へと腰かけた。

「プロデューサー、まだ帰って来てないんですね」
「ええ。でも、そろそろじゃないかしら」

彼女は自身のパソコンをかたかたと操作して、プロデューサーの今日の行動予定を表示させる。
「ね」とちひろさんが指で示した帰社予定時刻は、もうあと十五分ほどだった。

「お礼になるかはわからないけど、いただきもので良い紅茶が今あるの。だから、凛ちゃんの持って来てくれたこのメロンと一緒におやつにしましょう!」
「じゃあ、メロンは私が切っておきますね」
「んーん。いいのいいの。凛ちゃんは座って待っててね」

私に有無を言わせず、ちひろさんはメロンを抱え給湯室の方へと行ってしまう。
追いかけても手伝わせてもらえなさそうなのは明白であるので、大人しく待つほかなさそうだった。






渋谷凛「ゴースト レイト」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1593869583/

1 : ◆TOYOUsnVr. 2020/07/04(土) 22:33:03.95 ID:4if+2Hlr0

嫌な空気の夜だった。真綿で首を絞められているかのように呼吸がしにくかった。
空にはどんよりと重たい雲が浮かび、月も星も見えない。
現在私がいる場所が神社というのもあって、言いようのない気味の悪さが漂っていた。
唯一の光と言えば本殿の賽銭箱の上で、ちかちかと明滅している頼りない電灯のみで、それがいっそう私の気分を落ち込ませる。
胸の内に滞留しているもやもやとした不快な何かを乗せるように、はぁ、と息を吐いた。

「こういう日も、あるよ」

背後から、優しく温かい声が届く。「うん」と力なく返事をして見やれば、そこには柔らかな笑みを浮かべたスーツ姿の男、アイドルである私のプロデュースを担当してくれている彼、プロデューサーがいる。

「失敗は誰にでもあるし、普段は簡単にできることがどうしてか上手くいかない、なんて日もある」
「うん」
「だから気にするな、とは言わないけど」

彼は一歩を踏み出して、私の隣に並ぶ。
そうして「凛」と短く私の名前を口にして「ちょっと話そうか」と続けた。

私が肯定も否定も返さずにいると、彼はそれを肯定と受け取ったのか本殿の方へと歩き出して、石の階段に腰かける。
自身の隣の空間をぽんぽんとしているのを見るに、こっちにきて座れ、ということらしい。
素直に私はそれに従って、彼の隣に腰かける。
ややあって、彼が口を開いた。

「凛はさ、こういうこと考えたことある?」
「……?」
「もし、自分をプロデュースしているのが俺じゃなかったら……違う人だったら、って」
「ない、けど」

けど、プロデューサーが担当しているのが私じゃなかったら、ということなら、ある。
喉元まで出てきた言葉をぐっと飲みこんで、再び私は「ない」と繰り返した。

「俺はね、あるんだ。凛がもっと、才能も実力もコネクションもある人に担当されていたら、って」
「……」
「そうしたら、きっと凛はもっともっと早くに曲をもらっていただろうし、大きなライブも俺と一緒に活動するより一年は早くできたんじゃないか、とか。……そういうこと、何年か経った今でも未だに思う」
「…………そっか」

私が思っていたこととほぼ同じこと彼が言うものだから、びっくりしてしまう。が、同時に温かい気持ちにもなる。
なんだ、似た者同士だ。

「でも、こうも思うんだ」
「ん?」
「やっぱり凛をプロデュースするのは俺がいいな、って」
「……生放送で、失敗しちゃうアイドルでも?」
「もちろん」

少し照れくさそうに彼は口角を上げて「凛じゃなきゃ嫌だぜ」と平常とは異なる口調で、私の肩を小突いてくる。
それだけの単純なことなのに、気付けば私の気分は随分と軽くなっていて、魔法みたいだ、と思う。
すっかり晴れやかな気分になった私は、軽い冗談のつもりで「私は別に、プロデューサーじゃなくてもいいかな」とおどけて彼を小突き返した。

「えー」

わざとらしく悲しそうな顔を作って、プロデューサーは立ち上がり「さて、そろそろ宿に戻ろうか」と歩いて行く。

その後ろ姿を最後に、プロデューサーは、消息を絶った。




[ 2020/07/05 11:55 ] モバマスSS | TB(0) | CM(0)
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